大気境界層の科学

大気境界層とは

私たちは地面の上で生活しています。なにげないことですが、見方を変えると、ここは大気の底です。海抜0mでの気圧は1000hPaほどですが、それは、広さ 1m2 の地面上に重さ10t(104kg)もの空気がのっていることを意味します。大気境界層(Atmospheric Boundary Layer)とは、そのような空気の層である大気の最も底の部分にあたる、地表面から高度1−2km程度までの層を指します。

図1.大気境界層の概念図。

大気境界層の役割

大気境界層も含む大気全体の中では、空間スケールが数m程度の乱流から数1000kmオー ダーの大気大循環に至る大小様々な流れや、雲・対流活動などが起きています。これらを引き起こすエネルギー源は太陽からくる日射ですが、その多くは透明な大気層を通り抜け、地表面(陸と海)に一旦吸収されます。その後、地表面から大気に向けて、顕熱(直接加熱)、潜熱(水蒸気の蒸発・凝結に伴う熱)、長波放射(赤外線)の形でエネルギーが放出されます。こうして日射のエネルギーが大気に伝わるのですが、それを一番最初に受け取るのが、地表面に最も近い大気境界層です。また、人為起源のCO2などが放出されるのも、先ずは大気境界層です。このように大気境界層は、地表面と大気全体をつなぐパイプのような役割を果たしています。

大気境界層はまた、私たちの生活圏でもあります。私たちが体感する暑さ寒さや湿っぽさ、ぜんそくやアレルギーをもたらす大気汚染や花粉の飛散などはすべて大気境界層の状態によります。

図2.日中の大気境界層が可視化された例。

積雲の下の濁った部分が大気境界層で、この中に地表面から放出された水蒸気や汚染物質が閉じこめられているため、より上空の清浄な大気との違いが明瞭に分かります。(下に見えるビル群は札幌市の中心部。)

大気境界層の研究

このようなことから、大気境界層の状態やその時空間的な変動を把握することが重要なのですが、それが実はそう簡単なことではありません。というのも、大気境界層はまさに大気と地表面の「境界」にあるため、その両方の影響を受けるからです。特に地表面の影響が重要で、昼と夜との大きな温度差による日変化や、陸と海、また同じ陸の中でも、砂漠や植生や雪氷、都市や農耕地といった地表面被覆の違いによるエネルギー放出の違いが大気境界層の状態に強く影響します。そのため、大気の物理だけではなく、植物の生理・生態や雪氷物性、土壌水文など広い学問分野にまたがる研究を進めていく必要があります。

図3.夜間大気境界層の係留気球観測の様子。

夜間は、地表面が長波放射を正味として放出するために冷却し、大気よりも低温になるため、大気から熱を奪います。それによって地表面に近いほど気温が低い安定な境界層が形成されます。各種のセンサーを写真のような気球にぶら下げて上空に上げることによって、夜間の大気境界層の様子を観測することができます。

図4.積雪面での放射収支観測の様子。

積雪は、氷粒子の隙間にたくさんの空気が閉じこめられた状態になっているため、断熱性が強いという特徴をもちます。そのため、夜間には積雪表面だけが強く冷却し低温になるため、大気から熱を奪いやすくなります。その上、昼間は日射をよく反射するため大気に熱が伝わりません。結果として、積雪に覆われた地域は気温が下がりやすくなります。放射の収支を観測することにより、積雪のそのような特徴を明らかにすることができます。

参考

大気境界層の研究は多くのグループで行っています. 他にも,大気の研究をしている教員・グループは,多かれ少なかれ大気境界層の研究もしています. (観測,モデリング,測器開発)