大気と植生、土地利用の変化 (森林伐採、都市化など)

気候の形成における植物の役割については、惑星の大気組成に関するものや、大陸規模の降水量分布に関わるものなど、非常に多くの研究が行われております。ここでは、人類による土地利用の改変に着目して、植生による局地気象への影響を説明します。人間活動に伴う土地被覆の改変は、大まかに、(1)植物被覆のコントロール(森林伐採、農地開拓、植林、人為起源の森林火災など)、(2)水循環のコントロール(河川水、地下水の散布など)、(3)動物のコントロール(放牧など)、(4)人工物の建設(都市開発、港湾埋め立てなど)、に分類することができるでしょう。これらの人間活動が気候に与える影響として、次の2つが考えられますが、ここでは主に B の効果に焦点をあて、数値モデルを用いた実験を紹介します。

  1. 水や物質の循環を変える。
    (例)アスファルト面では保水能力が低いために、降水が素早く河川へ運ばれるが、森林では葉に捕捉されたり、土壌から地下水へ取り込まれたりするため、緩やかに河川へ流出されます。また、森林は土砂など物質の流出を抑えたり、大気中の炭素を吸収する働きも備えています。都市では、排ガスや工場の煙突から微小粒子が放出されます。
  2. エネルギーの配分を変える。
    (例)土地被覆が変わると地表面の色(アルベド)が変わるため、太陽放射の吸収量が変化します。また、乾いた都市域では水の蒸発にエネルギーを使うことができないため、気温が上昇します。一方、森林では、植物の根から吸い上げた水が葉から蒸発(蒸散)するため気温の上昇が抑制されます。上の例で挙げた水の循環は、エネルギー配分にも関係していることが分かります。

北海道は、明治以降の開拓に伴って土地利用が大きく変化してきています。図1は北海道の過去(1850年頃)と現在(1985年)の土地利用の分類図です。開拓前の北海道は広く森林に覆われていますが、開拓後には農耕地や都市の拡大によって森林の面積が大きく減少しています。この二つの土地利用分布をそれぞれ領域気象モデル(注1)の境界条件として用い、二通りの北海道の気候再現実験を行います。二つの実験結果に現れる気候の違いは、土地利用の条件のみに由来するため、過去から現代への土地利用の変化による影響を調べることができる(注2)、というわけです。

図1 北海道における開拓前(左:1850年頃)と開拓後(右:1985年頃)の土地利用分布。緑色は森林、茶色は畑地、黄色は水田、赤色は都市を表している。


図2左は、二つの実験間の気温差を示しています。春の日最低気温をみると、札幌や旭川の都市域で非常に大きな昇温があります。これは、森林が伐採され都市が開拓されたことで蒸発散が減少し地表面付近が暖まり易くなったことや、人工廃熱と呼ばれる人為活動に伴う熱の放出が生じたことが原因であると考えられます。また、十勝平野や根室周辺、さらに雨竜川や石狩川の流域で気温の上昇が見られることから、森林が農地や水田に改変された場所で気温の上昇があることがわかります。

このような土地利用変化に伴う影響は北海道全域を平均すると一般的に非常に小さいですが、改変の起こった場所においては、無視することのできない影響があることが分かります。森林が消失すると、上で述べたように蒸発散量が減少するため、大気中の水蒸気量も減少していることが分かります(図2右)。その結果、降水にも何らかの影響を与えることが予想されますが、降水は山岳の地形や低気圧の経路など、土地利用以外の条件も密接に関連していることから、その効果を特定することは容易ではありません。今後さらに詳しい調査を行う必要があります。

図2 土地利用変化に伴う春の最低気温の変化(左図)と夏の可降水量の変化。左図において、赤色や黄色は気温が高くなっている地域、右図において茶色い地域は可降水量が減少している場所です。可降水量とは大気中の水蒸気を地表面から高さ方向に積算した値です。


この研究に関連した解説は http://www.msj-hokkaido.jp/kaki/kaki2011sato.pdf でも見ることができます。


注1: 物理法則に基づいて定式化された方程式系をコンピュータ上で解き、気温や風など気象要素の時間変化を計算するためのソフトウェアを気候モデルや気象モデルと呼びます。領域気象モデルは対象とする地域のみを高い空間解像度で計算することが可能で、国内外の様々な研究機関によって開発されています。ここで紹介する研究では米国で開発されたWRF(http://www.wrf-model.org/index.php)というモデルを使用しています。

注2: ここで用いるモデル中では「大気がより乾燥している場合ほど(あるいは土壌がより湿潤な時ほど)、陸面(地面や植物)から多くの水が蒸発・蒸散する」や「降水量が多いと土壌中の水分が増加する」あるいは「地表面の色が濃いほど、太陽放射のエネルギーを沢山吸収する」のような、大気と陸の相互作用が表現できる仕組みになっています。一般に、このような相互作用の強さは、陸面のアルベド反射率や蒸発効率、粗度長など様々なパラメータによって説明することができます。モデル中には、幾つかの代表的な土地利用の形態(森林、草地、水田、都市など)に対応して、このようなパラメータが設定されているため、土地利用の効果を表現することができます。