2013年11月11日、国連気候変動枠組条約第19回締約国会議(COP19)がワルシャワで始まった。 地球温暖化防止を目指す世界的な取り組みの進展が切望される。これに先立つ9月27日、ストックホルムにて、徹夜の会議の末、"Summary for Policy Makers" (SPM; 政策決定者向け要約) が採択され、背景となる報告書全体とともに公表される運びとなった。これが約4年におよんだ第5次評価報告書 (AR5) 第一作業部会 (WG1) の長い旅路のゴールである。
前回のマラケシュでの会議(かなり昔に報告しました)を経て、第二次草稿を書き上げる。それが、各国政府を中心とした専門家の査読にまわり、意見が求められる。集まった意見に対する対応を、第一作業部会で第四回目となるホバートの会議(2013年1月13-19日)で主執筆者と査読編集者が議論した。この意見をとりこんだ原稿が最終版の報告書として発表されることになるわけで、AR5の主執筆者・編集査読者たちからなるチームが一堂に顔を合わせるのはこれが最後の機会となる。
会議の冒頭のセッションの様子。 |
IPCCの役割とは、単に最新の研究成果を集めるということにとどまらず、それを評価することにある。この会議で報告書の核となる重要な知見についての評価の詰めを行うわけだ。知見の確実性の見積もりは、下記の基準にそって行われている。
virtually certain | 99-100% |
very likely | 90-100% |
likely | 66-100% |
about as likely as not | 33-66% |
unlikely | 0-33% |
very unlikely | 0-10% |
exceptionally unlikely | 0-1% |
この見積もりについては、主執筆者たちの意見がすんなりまとまるものあるが、新しい知見のなかにはなかなか意見がまとまらないものもある。そうした場合には、往々にして安全な側に落ちついていくものである。そういう意味でも、Virtually certainなどという評価は、「本当にすごいこと」なのである。
会議の開催地のホバートは豪タスマニア州の州都にあたる。南極への出入り口として重要な街で、南大洋研究者たる筆者にとっては、勝手知ったる他人の家といった気安い感じの街である。天気はきまぐれだが、自然が豊かで、食べ物がおいしい。友人もたくさんいて、筆者の好きな街上位3位には確実に入賞するが、近年物価が急上昇中なのが玉に傷である。
タスマニアといえばこの子、タスマニアデビル。 |
さて、ホバートでの会議がなんとか終わるも、これは最終原稿作成へ向けた闘いの始まりに過ぎない。泣いても笑っても、これが最後である。会議での合意に基づき、寄せられた意見に対してメンバー間でさらに細かい検討が重ねられる。IPCCの評価報告書をめぐっては、ご存じのとおり様々な毀誉褒貶があるので、数字のケアレスミスひとつにも極めてナーバスになる。図ひとつつくるのにも、たいへんな緊張感が伴う。豪日・欧・米と多量のメールが飛び交い、メールの応答の様子から、いま地球のどこが朝で夜かが分るありさまである。最後は駆け込み乗車さながらに、5月の初旬に最終原稿がまとめあげられた。またこれとほぼ並行して、各章の代表が参加して、上記のSPMがまとめられた。
こうしたプロセスには、フィジカルにもメンタルにもタフでないとなかなか耐えられないというのが前回までにも書いたところだ。それとともに感じた所と言えば、すぐれた研究者というのはみな「オープン」だという印象である。来る者拒まずというか、常にひととの対話の扉を開いている。確信にもとづいているからオープンなのか、オープンだからすぐれた知見や研究者も集まりやすいのか、あるいはその両方がうまくまわっているからなのか、ともかく筆者はこの「オープンさ」をサイエンスの特徴であるとともに優れたサイエンティストの資質としても捉えたい。
こうしてまとめあげられたSPMは政府にまわり、そして冒頭のストックホルム会議で主執筆者たちに政府代表も加わって最終的な検討を経たうえ、徹夜明けのSPM採択となった。SPMは全ての章の要約を集めたもので、政策決定者、つまり気候変動の研究者でない人たちに知ってもらいたいエッセンスが、できるだけ平易に書かれている。SPMの中のObserved changes in the Climate System(「観測された気候システムの変化」)の最初のヘッドラインは
と、気候システムの温暖化を強く訴えかける。こちらのサイトで公開されているので、みなさんにも是非一読を薦めたい。これらの知見が、COP19を皮切りに、これから世界に広く使われていくことが期待される。
4年にわたったこのようなプロセスの末、259人の主執筆者と査読編集者、およびこの数十倍の貢献者がかかわったAR5 WG1はゴールを迎えたが、気候変動の研究は今後もより一層必要とされよう。この仕事を引き継いでいくのはあなたたちなのです。
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