空想日誌(2) 「空、宙、天」と「雲」

同じ「そら」と読める空と宙は互いに異なった部首を持ち、これが大きな意味を持つ。土室の入り口の形で、貫通している「あな=穴」を部首にもつ空は、中味が無い、うつろ、すきま、という意味となる。空洞や空間も同意熟語である。一方、屋根を四方に垂らした家の形で、覆うという意味の宀を部首に持つ宇と宙は、それぞれ無限の空間と時間を覆いつくすという物理的概念を持つ。空や宇宙と同義で使われることもある「天」は、頭の無い人の形から作られた文字であり、頭にあると考えた魂の行き先が天である。

雲の文字の成立を考えた時、雨冠はそれほど重要ではない。大切なのはその下の云であり、回転しながら上昇する流れを絵画的に象形化したムという文字がその本質である。もともと云は「くも」、「メグル」とも訓読みされ、永遠に続く回転、輪廻、循環が本義である。物理的概念と宗教的概念を結び付けた「天空」に比べ、宗教的色彩の強い文字を組み合わせた「天雲」は筋が良い熟語である。吉井氏によれば、高貴な精神性を示す「天雲」が短歌に使われる頻度は、11世紀以降急激に減り、12世紀以降は大自然との交流を失った退廃的な王朝期文芸を反映するかのように、「浮(憂き)雲」という熟語の使用頻度が増えたとのことである。未曾有の自然・人的災害に襲われている今、天雲は出現するのであろうか。

参考
大漢和辞典(諸橋轍次、大修館書店)
字統(白川 静、平凡社)
雲-素材面からの日本文学の史的研究-(吉井 巌、大阪経大論集、1962)

次回の話題は「つらら」の予定です。

2011年3月16日