ウッズホール滞在記

唐木 達郎 (博士課程3年 / 滞在時

謝辞

Nobska Light: お気に入りのランニングコース

2017年1月中旬から2ヶ月間、私はアメリカのマサチューセッツ州のウッズホールに滞在し、ウッズホール海洋研究所のSteven J. Lentz博士の下で研究した。この研究留学は日本学生支援機構(JASSO)の海外派遣プログラムを活用したものである。その実現に際して多くの方にご協力いただいた。谷本陽一教授は、この貴重な機会を私に与えてくれた。事務の方々に沢山のご支援をいただいた。水田元太助教と九州大学の木田新一郎准教授の経験を、研究面と生活面の双方で参考にさせていただいた。指導教官の三寺史夫教授には、「行ってこい、航空代は出す」と力強く後押ししていただいた。その他にも沢山の方に応援していただいた。皆様のご支援に心よりお礼申し上げる次第である。

なぜ留学したのか

ウッズホール海洋研究所のSteven J. Lentz博士(派遣先の受入教員)とDavid C. Chapman博士(2004年没)が1997年に発表した論文は、沿岸流の物理過程に対する深い理解を我々に与えてくれる。我々は彼らの理論が宗谷暖流(北海道の沿岸流のひとつ)に応用可能であることを示した。その一方で、この理論では十分に説明できない問題を発見した。私はいくつかの助言と過去の研究を参考にして、それを理解するための新しい理論を作った。しかし、理論が何をどこまで説明できたなら、その理論が論文になるのかがさっぱり分からなかった。そこで、Lentz博士との議論を通して、この理論が持つ本当の新しさを見つけるために、ウッズホール海洋研究所に留学することにした。

何を学んできたのか

最終日に取ってもらったLentz博士との一枚

「アイデアを簡潔にまとめたものが理論だと、私は思っている。私はSimple Modelが好きだ。なぜならSimple Modelは深い理解(Better Understanding)と予測(Prediction)を与えてくれるから。」正確に聞けた自信がない(ビールを飲みながら聞いた)ため、それを文章に起こすべきではないが、とても心に残ったLentz博士の言葉である。

Lentz博士は議論の時間をほとんど毎日作ってくれた。ウッズホールの多くの研究者から助言をもらうことができた。その結果として留学目的は達成され、最終的にそれをセミナーで発表することができた。セミナーの次の日の土曜日、ボストン美術館3階にあるPablo Picassoの『The Bull』が、ウッズホールで学んだことを総括してくれた。

『The Bull』の3枚目は最も現実に忠実に、一方11枚目は最も簡潔に牡牛を表している。2つの絵の比較が示唆することを、そのとき私は次のように解釈した。11枚目は牡牛に対するPicassoのアイデアが簡潔にまとめられたものである。この”Simple Model”は、牡牛を描くために必要な最小限の要素と、そのバランスを教えてくれる。そして2つの”Prediction”を生じさせる。1). 各要素の大きさに変化を加えると、牡牛はどう変わってしまうのか。2). シンプルにする過程で無視した要素は、牡牛にとってどのような意味を持っていたのか。Picassoの”Simple Model”は、牡牛に対する”Better Understanding”を得る機会を与えてくれる。おそらくそれは3枚目(現実の牡牛)のみでは得られ難いものだろう。

帰国する何日か前に、私はこの解釈をLentz博士に話し、そして質問した。博士が私に教えてくれたのはこれですか、と。Lentz博士はYesともNoとも言わず、少し嬉しそうだった。全く検討違いのことを述べたとき、私はLentz博士に渋い顔でNoと言われていた。

おわりに

ウッズホール海洋研究所のバスケットコート近くに、Chapman博士の記念碑があることを、Lentz博士が教えてくれた。帰国前日、すかっと晴れたその日、その石には次の言葉が刻まれていた。

“…it is the set of the sails and not the gale
that determines the way they go…”

ウッズホール海洋研究所は展けた小高い丘の上にあり、そこから深緑の大西洋が見渡せる。

2017年3月