空想日誌(5)雨の形 (雨の歌改題)

雨の詩歌もたくさんありますが、私のお気に入りは、「明日に向かって撃て」の主題歌“Raindrops keep fallin' on my head”です。「雨が降り続ける」という状態を、「雨粒が頭に落ち続ける」と歌うことで、曲のリズム感と体感とが良く一致しています。

私は講義の初めにいつも、「雨はどういう形で降ってくるか」という質問をします。そうすると、3割が無回答、3割が涙型(しずく型)、3割が球形ないしは扁平楕円球と答えます。落下中の雨粒の形を肉眼でとらえるには優れた動態視力が必要で、分からないというのが正直な回答だと思います。涙型と答えた人は、イラストや絵本に描かれた形をそのまま信じ、球形や楕円球と答えた人は、テレビや科学雑誌から得た知識だと思います。

他には、クラゲの笠のような形、あるいは縦長の楕円球という回答があります。雨粒はやわらかいので、落下中に縦横斜めに振動するばかりか表面に皺さえできます。直径3mm以下だと表面張力でほぼ球形を保てますが、6mmを越えると形の変形も大きくなり、9mm以上の水滴は数秒で破裂してしまいます。縦振動をした大きな雨滴は短時間ならば縦長の楕円球に近い形をすることもありますし、クラゲの笠の形は、破裂が起こり始める時の形に少し似ています。

面白いのは、雨は「棒あるいは線」で降るという回答で、3年ほど前に初めて現れました。最初は冗談かと思ったのですが、その後も数は少ないですが同じ回答が出てきます。確かに雨足は線状に見えますし、イラストでは雨は線で描かれています。ゴッホが模写したことでも有名な歌川広重の版画(名所江戸百景「大橋安宅の夕立」)は、線で雨を巧みに表現しており、絵を見た西洋風景画家にとって驚きを与えたという解説がつけられています。また、雨滴の大きさによる落下速度の違いを意識して、雨足の線の角度を描き分けています。さらに驚くべきことは、雲底部の微細構造まで表現しているかのように、画面上部の黒雲に凹凸が見られます。名古屋の某銀行貨幣資料館は、歌川広重の版画の所蔵でも有名です。名古屋に出張した折り立ち寄ったところ、ちょうど「大橋安宅の夕立」のオリジナルが展示されていました。見ると、雲底部の凹凸感が入手した復刻版に比べて乏しく、期待外れでした。その後注意してみると、雲底部の表現は初期摺りと後摺り毎に微妙に異なっていて、任意性があるようです。

次回の話題は、「ピラミッドと龍」です。

2011年11月9日