研究紹介: Tomita Lab. 北海道大学環境科学院富田裕之

学生の研究

富田研究室の学生が行った研究を紹介する解説文です。一般の方、気象学や海洋学の初学者向けの解説になっていると思います。

2022年度修士論文

「海面熱フラックスデータに基づく南大洋の海面熱吸収変化とその要因」藤本海

気候において海洋は重要な役割を果たします。その役割の一つは熱吸収です。海水の比熱は大気の４倍あり、熱容量は1000倍以上あります。海洋は実際に地球温暖化によって生じた熱の90%以上をその内部に蓄え、地球全体の気温上昇を緩和していると考えられています。それでは、広い海洋のどこでその熱吸収が起こっているのでしょうか？実はその大部分が「南大洋」で生じていると考えられています。しかしながら、具体的に南大洋のどのあたりで、どの様な大気海洋プロセスで熱吸収が生じているのかなどの詳細については十分に分かっていません。その理由の一つは厳しい気象や海象の南大洋では十分な観測機会がなく、特に大気海洋間の熱交換についての観測的な知見が不足しているからです。修士課程の藤本海さんは、この南大洋の熱吸収について、大気海洋間の熱交換量を表す「海面熱フラックス」に注目し研究を行いました。当研究室で主導して開発している人工衛星観測に基づく最新の海面フラックスデータ（J-OFURO3）や、大気再解析（ERA5）, 海洋再解析（ECCO4）, 複数の気候モデルによるシミュレーション結果（CMIP6）から得られる最新のデータを解析することで、それ以前のデータではあまり一貫性のなかった南大洋の海面熱フラックスのデータに共通する特徴を見出しました。平均場においては、どのデータも一貫して南緯50度付近に熱吸収の極大があることを見出しました。また、調査した期間（1992-2013年）の20年間で、この南緯50度付近の熱吸収が顕著に増加していることが明らかになりました。さらに、衛星データを詳しく解析することで、その要因は、主には海洋からの潜熱フラックス（蒸発量）の減少であり、部分的には顕熱フラックスの減少の影響もあることが分かりました。これらの研究成果は、気候システムにおいて南大洋が果たす役割やその仕組みの理解に貢献すると考えられます。最後に、南大洋に限らず高緯度域の海面フラックスの研究は、今後、研究室としても力を入れていく予定です。藤本さんはその一歩を踏み出してくれました。ちなみに、藤本さんの名前は「海」です。同級生の田中陸渡さんの「陸」と良いコンビで、今でも良い友達みたいです。（富田裕之, 2025年4月）

2022年度修士論文

「観測データに基づいたノルディック海におけるPolar Lowー海洋間相互作用の研究」田中陸渡

低気圧というと身近な温帯低気圧や熱帯低気圧（台風）を思い浮かべる人が多いと思いますが修士課程の田中陸渡さんは主に高緯度の冬季に発達するPolar Low (PL)と呼ばれる低気圧に興味がありました。PLは比較的小さい低気圧ですが、しばしば台風並みに発達し強風や大雪をもたらします。PLの発達メカニズムは複雑で、温帯低気圧のように大気の傾圧性が重要になる場合や、台風の様に対流や非断熱過程が重要な場合などがあります。後者の場合、海洋からのエネルギー供給が重要になりPLと海洋との相互作用を考える必要が出てきます。さて、この海洋との相互作用ですが、台風の場合ではよく研究されています。台風が発生し発達するとその強風により海洋は上下にかき混ぜられ、結果として海の表層は冷却されます。海洋表層の冷却は、海洋からの台風へのエネルギー供給を抑制するため、結果として台風を抑制することになります。これをネガティブフィードバックと呼びます。それでは高緯度で発生するPLについてはどうでしょうか？田中さんは、人工衛星観測データから作成された最新のPLの位置情報と、当研究室で主導して開発している人工衛星観測に基づく海面熱フラックス・海面水温データ（J-OFURO3）を組み合わせて、過去20年間にノルディック海で発生した380事例のPLに対して、PLに伴う海面水温の変化を詳しく調べてみました。結果として、台風の場合と同様に海面水温が低下する場合と、台風とは異なり海面水温が上昇する場合が同程度に生じていることを発見しました。つまりPLと海洋の相互作用は、ネガティブフィードバックのみならず、ポジティブフィードバック機構が生じていることが考えられます。ポジティブフィードバック機構が生じているとすると、PLが海洋上を通過した際に、海洋から取得するエネルギーが減少せず、結果としてPLを発達させたり、その減衰を遅くしたりする可能性あります。さらに田中さんの研究では、ポジティブフィードバック機構が生じる場合の海洋内部の水温分布についても研究しました。一般に、海洋の内部の水温分布は水深が深いほど低温であることがほとんどですが、まれに、この分布が逆になっている層が観測されます。これを水温逆転層と呼びます。田中さんの研究したノルディック海ではこの水温逆転層が頻繁に観測される海域の一つでPLとの関係が強く示唆されます。この研究は大気の現象である低気圧の発達過程が海洋の表面のみならず内部の温度構造と関係していること示している点で「深い」相互作用の重要性を強調しています。（富田裕之, 2025年4月）

北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース

学生の研究

北海道大学大学院環境科学院地球圏科学専攻大気海洋物理学・気候力学コース