2021年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 小松 瑞紀
- 受賞論文「春季データから見積られる、南大洋における海氷融解量の分布とその変動」
- 選考理由
海氷は、結氷と融解及び移動によって塩(淡水)の再配分を行う。南大洋の沿岸域 は、多量の海氷生成により南極底層水の起源水を形成し海洋大循環の起点になって いる。一方、南極沿岸から海氷が輸送・融解され低温低塩水が形成される海域で は、風によるエクマン収束により低温低塩水が南大洋中層へと押し込められる。南 大洋中層は、この半世紀、世界で最も低塩分化している領域であり、この原因とし て海氷融解量が増加したことが示唆されている。南大洋は人為起源の二酸化炭素を 世界で最も取り込む(約50%)海域である。海氷融解による中層水の低塩化は、表層 深層間の密度差を増加させ、深層の無機炭酸の表層への供給を弱め、表層での大気 からの二酸化炭素の取り込みを強化する可能性がある。このように海氷の輸送と融 解は、全球的な気候変動にも関わってくる。海氷生成量に関しては、衛星データと 熱収支計算を組み合わせた研究により全球的にその分布や変動がわかってきたが、 海氷融解量に関しては、現象の不均一性が高く衛星からの把握も難しいため、推定 が困難な状況にあった。海氷が融解すると海洋上層には明瞭な低塩層が形成され る。小松さんは、この低塩層に着目して、春先の塩分プロファイルから海氷融解量 を推定する手法を考案し、試行錯誤の上、自動化して推定するアルゴリズムを開発 した。そして、バイオロギングやArgo観測により近年大幅に増加した約20万個に及 ぶ春季データから、融解量を検出できるデータ約2.5万個を用いて、空間分解能の 高い南大洋全域の海氷融解量分布を明らかにした。データのグリッド化には、海底 地形に沿う方向に重みを大きくする手法を取り入れるなどの工夫も行っている。得 られた結果は、全域での平均融解量が海氷厚換算で0.77m、3つある南大洋のジャイ ヤの西側で融解量が大きい(約1.5m)、というものであった。小松さんは、これらの 結果に対して、海氷厚・海氷漂流ベクトル・海氷密接度等、有効な海氷データをす べて利用し、様々な角度から結果の妥当性の検討や解釈を行っており、論文の完成 度を大きく高めている。本研究から、全海氷融解量は約17200 Gt/yrと見積もら れ、南極氷床による淡水フラックスの約6倍に相当すること等が初めて定量性を もって示された。さらに、海氷生成量と合わせることで、観測データからは初め て、南大洋での正味の海氷による淡水・塩フラックスの空間分布が示された。本論 文は、半球規模で海氷が熱や淡水の輸送に果たす役割を定量化した研究であり、地 球規模の気候変動の理解や予測にも繋がる研究と言える。以上、新規性の高い手法 と合わせて、本論文は松野記念修士論文賞に値するものと判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース