2020年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 岸 紗智子
- 受賞論文「酸素センサー付フロートからわかるオホーツク海の生物生産と海氷・表層水塊の関係」
- 選考理由
豊かな水産資源を生み出すオホーツク海の高い生物生産は、植物プランクトンの大増殖(春季/夏季ブルーム)によって支えられている。海色衛星から推定される表層のクロロフィル量等からはオホーツク海は北半球で最も顕著な春季ブルームを起こす海域の一つであることが示唆されている。しかし、海氷の存在と排他的経済水域の問題により、これまで海洋内部の現場観測は著しく制限され、ブルームの発生メカニズムの理解やそれによる生物生産量の定量化は難しい状況にあった。本研究は、オホーツク海に投下された7基の溶存酸素センサー付プロファイリングフロート観測による溶存酸素量の変動から、初めて正味の生物生産量(純群集生産量:NCP)を見積もることに成功した。春季ブルームに関しては、ブルーム直前に海氷が存在した場合のNCPは、海氷の存在しなかった場合に比べて平均して約3倍高いという結果が得られ、海氷融解が大きな春季ブルームを生むことを、初めて定量的指標をもって明らかにした。海氷融解域でのNCPの平均値は、世界で最も顕著な春季ブルームが起こる南大洋氷縁域にも匹敵し、オホーツク海の高い生物生産を定量的な指標で示した結果でもある。本研究では、海氷融解が春季ブルームを増長させる要因も様々な観点で解析している。NCPと成層強度との関係からは、海氷融解水による成層強化に加えて、別の要因がブルームを増強していることが示唆された。ブルームの直前にあった海氷の起源を推定するために行った、衛星マイクロ波放射計による海氷漂流速度を用いた海氷後方追跡実験からは、NCP(ブルーム)が特に大きかった場合の海氷の起源はサハリンポリニヤにあることが示された。以上、過去の研究からの示唆を合わせると、北部より鉄分を含む海底堆積物が取り込まれた海氷が東樺太海流と風で南へ運ばれ、融解した際に鉄分が放出され、融解による成層強化も手伝って、非常に大きな春季ブルームが生ずる、というシナリオが提案される。次に、夏季ブルームの解析からは、亜表層(約20m)でNCPが極大をとる事例が多数示され、その場合のNCPは表層で極大を示す事例に匹敵する値となることがわかり、海洋内部の観測の重要性を唱える結果となった。このような夏季亜表層ブルームが起こるのは、約10m上に強い密度躍層が存在する場合であり、北部からの海氷融解水やアムール川由来の低塩水による表層の成層強化が関係していることも示唆された。オホーツク海において初めて生物生産量を広範囲で定量化した本研究は、二酸化炭素吸収量の推定にも役立ち、将来の海氷変動による吸収量予測などの評価にもつながることが期待される。修士論文の一部は、すでに主著論文として国際誌 (Geophysical Research Letters) にも受理されている。以上より、本論文は松野記念修士論文賞に値するものと判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース