2004年度沼口修士論文賞 |
授賞者「中嶋 聡」
- 受賞論文「長大鉛直立坑を利用した雲生成時の水の安定同位体分別過程の検証実験」
- 選考理由
今21世紀は、水不足が深刻な問題となることが予想されている。また、地球温暖化
に伴って、雨の強さや量の地域差も拡大されていると言われており、最近では、故
沼口博士が先鞭をつけた、水の安定同位体をトレーサーとして組み込んだ、GCMに
よる水循環研究が盛んである。水の同位体としては、HDOとH218Oが主なものであるが、
通常の水分子(H2O)に対するこれらの同位体分子の存在比は、水の相変化(水蒸気の
凝結や、水の蒸発)に伴って変化する。液相と気相との間での同位体の分別過程には、
平衡分別と動的分別がある。後者の動的分別過程は、水面や落下途中の雨滴から
水蒸気が急激に蒸発する場合などに起こると考えられ、水蒸気が凝結して雲粒になる
際には、平衡分別を仮定したレーリー蒸留モデルが使われている。
中嶋君は、長大立坑という閉鎖系の中で発生する雲を利用して、本来過飽和状態に
ある雲生成時の水の安定同位体分別過程を、実測とモデルを使って検証することを
試みた。まず、雲底下で採取した水蒸気と、雲内の数点で採取した雲水の同位体
組成を分析した。その結果、水蒸気の凝結過程によって"重い"雲水が生成されること、
また、凝結を続けながら上昇することによって、高度と共に雲水が次第に"軽く"なり、
定性的にはレーリー蒸留モデルが成り立つことを確かめた。次に、実測された雲凝結
核の粒径分布と上昇速度を用いて、1次元の詳細雲微物理モデルによって雲内の気温、
相対湿度(過飽和)と雲粒の粒径分布を再現した。そこで、現在使われている同位体
の分別係数(3通り)を用いて雲水の同位体組成を計算し、どの分別係数を用いても
実測値と一致しないことを見出した。その差は、野外観測でならば自然のゆらぎに
よる誤差と言えるくらい小さいものであったが、測定誤差に比べると明らかに大き
かった。ここで、中嶋君は、実測された同位体比の鉛直分布と一致するように既存の
分別係数を調節し、雲内の有効分別係数を決めた。
彼が決めた有効分別係数の物理化学的妥当性と一般化はできていないものの、雲
生成時の同位体分別過程をテーマとして、野外実験とモデル、気象学と地球化学を
融合させた研究として、本論文は沼口賞を受賞するに値すると判断された。
北海道大学 大学院地球環境科学研究科 大気海洋圏環境科学専攻