2002年度沼口修士論文賞 |
授賞者「橋岡 豪人」
- 受賞論文「日本近海における物質循環と生態系の季節変化に関するモデリング」
- 選考理由
海洋物質循環と生態系をともに扱う研究は最近の海洋科学の中心的な課題の
ひとつとなり、それらを扱う3次元生態系モデルの開発競争が今まさに世界中で
行われつつある。しかし、そのようなモデルの開発には海洋物理学・化学・生物学の
様々な学問的な知識や数値計算などの手法的知識などを必要するため、容易なもので
はない。
橋岡君は、北太平洋海洋科学機関(North Pacific Marine Science
Organization;PICES)という国際協力により2000年に開発された生態系モデル
NEMURO(North pacific Ecosystem Model Used for Regional Oceanography)
を東大気候センターで開発された海洋大循環モデルCOCOに組み込み、日本近海に
適用した。
日本近海は亜寒帯海域から亜熱帯海域、あるいは沿岸・縁辺海域から外洋海域まで
を含んでいるので、海洋生物学や海洋化学の古典的知見を確認あるいは再考察するの
に都合がよい。彼は、温度・栄養塩・光の依存性という光合成の制限因子を考察する
ことにより、広く知られている知見の再確認とともに、光依存性は亜寒帯の季節変化
には影響するが海域間の違いがないこと、あるいは、外洋において、混合水域で温度
と栄養塩の依存性からP/B比(単位生物量に対する基礎生産量)が高く、混合水域の生
物生産が亜寒帯よりも高いこと、などを示した。また、モデルで表現された珪藻類と
その他の植物プランクトンのグループ構成比が、亜熱帯の貧栄養海域では栄養塩依存
性によって決まり(ボトムアップ・コントロール)、その他の海域では年平均で見ると
ほぼ一定になり、動物プランクトンの捕食選択性によって決まる(トップダウン・コ
ントロール)ことを示した。
彼が行った数多くの基礎的な知見の確認と再考察は、彼自身が様々な知識を学習す
る過程でもあったが、現在世界中で行われているモデル開発においてモデルが現実を
再現しているかなどの確認のやり方を示した試みであり、また、定性的な議論が行わ
れてきた古典的知見を全海域へ一律定量的に適用する試みでもある。
また、彼は、時間を掛けて理論計算で用いるような単純なモデル設定から修論に用
いた現実的な海洋へ徐々に変更して数値計算上のテクニックを確かめながら、海洋大
循環モデルを自分の道具とした点も評価できる。並々ならぬ情熱を持って、日々の数
値計算を行い、細部にまでこだわってプレゼンテーションを行った姿は、非常に印象
的である。
本論文は、海洋物質循環と生態系をともに扱うモデリングの研究として、観測との
比較や理論的考察などが十分とはいえない荒削りであるが、3次元生態系モデルを開
発し、それを用いて示した数多くの基礎的かつ重要な知見についての確認と再考察は
数多くの新しい知見を含んでいる。このモデルが、将来、海洋物理学や海洋化学、海
洋生物学、また、観測とモデルや理論など融合を強く促す、いわばプラットフォーム
として重要な役割を果たすことは明らかであり期待され、本論文は沼口賞を受賞する
に値すると判断された。
北海道大学 大学院地球環境科学研究科 大気海洋圏環境科学専攻