2024年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 田口 尚征
- 受賞論文「チベット高原が東アジア夏季 モンスーンに与える影響」
- 選考理由
東アジア夏季モンスーンは東アジアの夏季の天候を決める基本的な循環で、日本・中国では梅雨(ばいう、メイユ)降水を引き起こす。それは相対的に暖かい大陸と冷たい海上に生ずる低・高気圧を背景に生じ、さらに梅雨の形成にはチベット高原の存在が決定的に重要であることが、地形を変えた数値実験により明らかにされている。チベット高原の役割については、現在、SampeとXieにより2010年に発表された説明が広く受け入れられている。それは、高原の地表面での顕熱輸送が対流圏中層を熱し、その上を通る亜熱帯ジェットが移流により暖気を東にもたらし上昇流を誘起することによるとするものである。しかしその後、理想化したシンプルな陸地や地形を用いた数値実験により、チベット高原での加熱は重要ではないことを示唆する研究が現れた。但しそれが現実でも成り立つのかは明らかでなく、定説が覆るまでには至っていない。
本研究で田口さんは、チベット高原が梅雨形成をどのように促進するかを明らかにすることを目的に、大気大循環モデルDCPAMによる数値実験を行った。チベット高原がある場合、ない場合の実験に加え、高原での顕熱輸送を抑制する実験を行い、梅雨の形成には、チベット高原の地形そのものが重要で、顕熱輸送の役割は小さいことを確認した。さらに、Sampeらが指摘した対流圏中層の暖気移流は、高原での加熱がなくても、傾圧的な基本場における順圧に近い停滞ロスビー波により生ずることを明らかにした。まだ残る謎はあるものの、本研究は、梅雨の形成という、気候学の基本的な問題の理解を刷新する上で中心的な役割を果たすと期待される。
以上より、本論文は松野記念修士論文賞に値するものと判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース