2002年度松野記念修士論文賞 |
授賞者「草原 和弥」
- 受賞論文「二層モデルを用いた南極海における風成循環の数値的研究」
- 選考理由
大洋の中では南極海は地球上で最も海洋循環の実態がわかっていない海域と
いえる。最近の観測によってその実態が少しずつ明らかになってきたものの、
まだその力学的解釈はほとんどなされていない。いくつかのシミュレーション的なモデ
ル研究があるのみといってもよい。
彼は、単純であるが循環を決めるエッセンスを含んだ二層モデルを用い、南極海の
風による循環の力学、特に下層になぜ低気圧性循環ができるかを明らかにした。南極
海は、大きい海堆によって3つの海盆に区切られるという特徴を持っており、各海盆
は地球流体力学的にGeostrophic Contour(コリオリ/水深)が閉じる状況になってい
る。このような設定のもとで、負の渦度を供給するような風応力カールが海面に働く
と、それが下層に伝えられ低気圧循環が強化される。そして、この循環の強さは
Geostrophic Contourの閉じ具合などで決まる。これが彼の提示した解釈で、モデル
に現れた循環はオーストラリア南極海盆での最近の観測と矛盾ないものである。彼の
考えは、より現実的な3次元モデルでも言えるかを確認する必要があるが、はじめて
南極海の下層の循環機構を提示したものであり、今後観測するにあたっても一つのよ
りどころにもなるアイデアである。論文では、さらに南極沿岸域での上層の厚さや沿
岸流の変動機構についても、モデルの結果と現実のデータ(昭和基地の潮位)との比
較を交えながら議論を行っている。
実は、彼のモデルはゼロから自分で作ったものであり、彼自身このモデルを「クサ
モデル」と命名している。南極海での新しい循環機構を提示したという研究内容もさ
ることながら、主体性のある研究姿勢も含め、本論文は松野賞に値すると判断された。
受賞者「尾亦 伸隆」
- 受賞論文「日本海沈降粒子の化学組成の変動要因」
- 選考理由
最近の研究によって、海洋における生物生産が鉄などの微量金属元素の
供給と密接に関連していることが明らかにされてきた。日本海はアジア大陸と日本列
島に囲まれた縁辺海であり、そこでの海水流動や生物生産量に関する研究がこれまで
にいくつか行われてきた。しかし、特に、陸源粒子の供給と循環に関する研究例は多
くはない。日本海には大量の土砂を運び込むような大河は直接流れ込んでいない。こ
のことから、陸源粒子の供給源としては、黄砂が重要とされてきたが、十分には解明
されていない。本研究は、日本海において陸源粒子の供給源を探るため、主として、
沈降粒子中の化学成分の分析と解析を行った。沈降粒子を集めるために、セジメント
トラップを北の日本海盆と南の大和海盆の2点に設置した。集めた沈降粒子の有機物
含量、ケイ素濃度、アルミニウム、マンガン、チタン、コバルト、ニッケル、バリウム、
鉄、銅、亜鉛そして希土類元素を測定した。
2000年10月から2001年9月までの沈降粒子中の化学成分の季節変動を明らかにし
た。2001年1月下旬から2月上旬の大きな陸源粒子束はMn/Al比の変化や希土類元素
のパターンから、黄砂によるものであることを示した。Mn/Al 比を巧みに利用して、
その量を年間総陸源粒子量の約25-30%と推算した。大和海盆では、沈降粒子中の希
土類元素パターン(La/Yb比)は年間を通じてほぼ一定であり、東シナ海や対馬海峡
付近の堆積物と良く一致する。一方、Mn/Al比は、アルミニウムの粒子束とは正の関
係にはなかった。このことから、大和海盆では、大気圏からの黄砂の降下だけではな
く、海中を移動してくる粒子も重要であることを指摘した。そして、その粒子は隠岐
沖の堆積物が8-9月にかけて、海水循環が強まることに連動して舞い上がり運ばれて
いることを示唆した。さらに、北の日本海盆と南の大和海盆の深層に運ばれる経路に
違いがあることも明らかにした。すなわち、北の点では、比較的時間の経った均質な
粒子が、南の点では、沿岸堆積物の供給が重要であることを示した。
尾亦君は、沈降粒子中のMn/Al比と希土類元素を旨く組み合わせてその起源を探る
手法を確立した。また、自分の理解したことを自分の言葉で書かれた文章は、修士論
文として 高く評価され、松野賞に値する。
北海道大学 大学院地球環境科学研究科 大気海洋圏環境科学専攻