2019年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 竹内 猛晶
- 受賞論文「渦と海底地形による非線形 pseudoimage 解と heton 型渦対の形成」
- 選考理由
海洋には半径数10から100㎞スケールの中規模渦と呼ばれる渦が多数存在する。そのような海洋渦は、内部に海水を閉じ込めたまま移動するため、熱や栄養塩の輸送において重要である。特に回転方向の異なる渦が対をなした構造を持つ渦対は、互いに移流しあって遠くまで移動するため、より高い輸送能力を持つ。このような渦対は人工衛星からも観測され、その成因のひとつとして、海底地形の影響が言われている。また、陸岸に沿って移動する渦もしばしば観測されるが、それにも海底地形の影響が考えられる。これまで、このような問題に関する理論研究は順圧もしくは等価順圧の単層モデルによってなされてきた。しかし、現実の海洋を考える場合、上層に存在する渦と海底地形の相互作用という状況の方がより適切である。
この研究では、上層に高気圧性点渦、下層に階段状地形をもつf平面2層準地衡流モデルを用いて、上層の渦と層厚分布に伴って生じる下層の渦位フロントの相互作用を調べた。まず、コンターダイナミックス法による実験を行い、パラメータを変えることにより、(1)点渦の地形に沿う定常進行、(2)点渦が下層に存在する地形上の高渦位領域を引き出すことによる異なる層間での heton 型渦対の形成、(3) 渦位フロントの点渦への巻き付き、という 3 形態を見出した。これらの形態は単層モデルでも見られるが、点渦の特異性が渦位フロントのある下層に存在しないことにより点渦が段差の近くにあっても(1)が存在するなど、異なる点も出てくる。この研究では、次に、単層の理論研究でpseudoimageと名付けられた(1)に対応する線形解を2層系においても導いた。さらに、有限振幅pseudoimage 解を数値的に求める手法を編み出し、有限振幅での解の性質を明らかにするとともに、点渦の位置に摂動を与えることにより、有限振幅pseudoimage 解からheton型渦対が形成されることを示した。
上述のように、本研究は、数値実験的手法によりパラメータ空間で解の挙動を整理すると共に、解析解の導出や非線形定常進行解の安定性から解の遷移を議論するなど、曖昧さを残さない方向での研究を展開しており、この問題に関する学問的基盤の形成につながることが期待される。
以上より、本論文は松野記念修士論文賞に値するものと判断された。
受賞者 塚田 大河
- 受賞論文「ひまわり8号を用いた台風内部コア領域の風速推定」
- 選考理由
静止気象衛星は,台風を時間的に切れ目なく観測することができ,強度推定等に活用されている。2015年に運用を開始した「ひまわり8号」は,第3世代と呼ばれる新しい気象衛星の最初の衛星である。従来に比べ観測波長の数や分解能が増加し,観測頻度も増加した。さらに,台風を追尾して2.5分間隔で観測する「機動観測」が行われている。このような高頻度観測は,台風の研究や,強度・構造推定の向上に大きく貢献する可能性がある。しかし,それが実際にどう役に立つかを示す研究は,これまで行われていなかった。上記の研究は,その最初の研究となった。
この研究では,台風中心に対する極座標に投影した機動観測画像より,方位角-時間断面の時空間スペクトルを求め,さらにそれを回転角速度の関数とし適切な重み付き平均を取ることで,台風に伴う渦の回転角速度が推定できることを示した。これを中心からの距離毎に行うことで,回転角速度の分布が求まる。提案手法を,2017年台風第21号(Lan)の可視画像約8時間分に対し適用し,大気境界層の上端付近に存在する目の中の雲の動きに対応する回転角速度分布を求めた。結果の妥当性を,目視による雲追跡や,ドロップゾンデによる風速観測との比較により確認した。
求まった回転を相殺するように逆回転させた画像を調べることで,目の中の運動は一様ではなく,メソ渦と呼ばれる小さな渦や,規則的な雲模様を伴う高速回転域が存在することが明らかになった。上記の回転角速度は,8時間の観測期間中に増加したが,それはメソ渦による角運動量輸送によることが示唆された。
静止衛星観測より台風の目の中の風速分布を求めたのは,この研究が世界で初めてである。これを発展させることで,台風の力学の理解が進むことが期待される。現在各国の気象機関で行われている台風の強度推定は,静止衛星画像の主観的パターン認識であるドボラック法に大きく依存している。それに対し,この研究は,台風にともなう回転が最大となる境界層の上端付近での回転の定量が可能であることを示すことによって,より物理的なデータによる台風の強度推定改善の可能性を示したと言える。
以上より,本論文は松野記念修士論文賞に値するものと判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース