2018年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 飯田 博之
- 受賞論文「サハリン島西岸-Kholmsk沖-における海水交換」
- 選考理由
宗谷暖流の特徴的な現象として、サハリン島南西端付近から始まり、宗谷暖流沖合の表層にかけて存在する帯状の低温域(冷水帯)がある。冷水帯の観測から、低温高塩(水温7℃、塩分34.0付近)で特徴づけられるその水塊は、日本海外洋の水温躍層下部に起源を持つことが知られてきた。このため冷水帯が生じるには、外洋の低温高塩水が大陸棚へと湧昇し岸近傍へと輸送される必要があるが、大陸棚端が渦位の障壁となっているため海水交換は単純には生じにくい。このため冷水帯の起源を知るためには、サハリン島西岸における外洋と大陸棚間での海水交換メカニズムの解明が必要であった。
上記研究では、まず海洋大循環モデル(1/30°)の出力を用い、冷水帯を構成する水塊の起源を調べた。その結果、サハリン島西岸の都市であるKholmsk沖合いの急峻な海谷において日本海躍層下部の水塊が陸棚斜面上へと流入していることを見出した。順圧数値実験(現実地形)でも大循環モデルとよく一致した結果が得られたことから、この海水交換は順圧過程として理解可能であることが分かった。しかしながら、順圧過程では大陸棚端の渦位障壁を越えて海水交換が生じることは困難であることも知られている。そこで、本研究では海底地形を簡略化することにより、海谷における力学の解明へと研究を進めた。宗谷海峡通過流は、日本海とオホーツク海の水位差が陸棚波長波によって調節される過程を通して生じる。簡略化した地形による数値実験の結果、宗谷海峡で励起された陸棚波はKholmsk沖に存在する海谷地形によって散乱され、大陸斜面上に南下流量ピークを持つ第2、第3モードの陸棚波を励起すること、そしてこの南下流が海谷を通して陸棚上へと流入することを示した。また、この海水交換の際、非線形性が重要であることが明らかとなった。具体的には、1)大陸斜面の低渦位水を大陸棚上に移流することによって渦位障壁を解消し、導波管を形成する効果、2) 第1~3モードの陸棚波が励起した背景流によって高次モード陸棚波の伝搬が抑制され、斜面上に定常流(非線形定常流)を形成する効果、である。さらに、数値実験のみならず海洋観測データの解析も行っており、外洋からの海水流入が予想されるKholmsk近傍の観測点でのみ、海水交換の証拠となる海水湧昇が生じている様子を確認した。
以上のように本論文は、海洋大循環モデル、理想化地形による数値実験、観測データを組み合わせてKholmsk沖の海水交換過程を多角的に検討しており、完成度が高い。特に、海水交換過程における非線形効果は、本研究で得られた新たな知見である。本研究の結果はサハリン沖のみならず、様々な地域の大陸棚と外洋間の海水交換に適用できる可能性があり、今後の研究への波及効果が期待される。以上より、本論文は松野記念修士論文賞に値するものと判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース