2017年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 鈴木 まりな
- 受賞論文「気候-植生相互作用を考慮した過去と将来の北極温暖化メカニズムの比較」
- 選考理由
地球温暖化はどこでも同じように進行するわけではなく、北極域で特に速く進むことが知られている。また、北極域の温暖化はその地域だけでなく、地球規模で環境に影響を与える。したがって、北極域の温暖化増幅メカニズムを理解し将来予測の不確実性を評価・低減することは、地球科学的にも社会的にも重要な課題である。一方で、将来予測に用いられる数値気候モデルには、現在気候に対する理解を基に構築されている部分があり、地球温暖化後など、現在とは異なる条件下で現在の知見がそのまま適用できるかについては検証の余地がある。過去に北極が温暖化した時代の気候情報を将来予測に役立てるという大きな課題の中で、鈴木さんの修士論文では、約12~13万年前の最終間氷期、約6千年前の完新世中期、将来を想定した二酸化炭素濃度が2倍に増加した状態の3時代について、北極温暖化メカニズムの共通性や相違性を明らかにすることを目的とした。こうした視点での研究はこれまでほとんど行なわれてこなかっただけでなく、従来の気候モデル研究では考慮されることの少なかった、気候変化に応答して植生分布が変化し、その植生分布の変化が再び気候に影響を与えるという気候-植生相互作用にも注目した。研究では、まず上記の3時代について、気候-植生相互作用のある場合とない場合の数値実験を行い、古気候指標を用いた検証を行った後、3時代に共通して、ツンドラから森林への移行によって高緯度陸上が春に温暖化し、間接的に秋冬の北極海上の温暖化を引き起こすことを示した。その上で、陸上、海上それぞれについて、エネルギー収支解析に基づいて個々の物理プロセスの寄与を定量化し、3時代の比較を議論した。次に、植生分布変化によって秋冬の高緯度陸上の温暖化が生じる理由について2つの仮説を立て、数値実験を実施して仮説を検証した。その結果、3時代に共通して、植生分布の変化によって直接的に引き起こされる春夏の高緯度陸上の温暖化が、北極海上への大気エネルギー輸送の増加と北極海での海氷フィードバックを介して秋冬の北極海の温暖化を引き起こし、再び高緯度陸上の温暖化にフィードバックすることを発見した。さらに、春夏の陸上から海上への温暖化の広がりには、高緯度陸上の昇温に起因する上昇流偏差を伴う極循環の強化と北極海上での下降流偏差による断熱昇温の寄与が卓越していることを示した。以上の成果は、メカニズムの共通性を提示することで過去の北極温暖化の情報を将来予測に役立てる際の根拠を提示しただけでなく、気候-植生相互作用と高緯度の海-陸相互作用の基本的理解を深めたという点で意義深い。さらに、序論における研究の明確な位置付け、目的の明示、手法の妥当性と限界に関する議論、仮説の立脚と検証、詳細な解析、研究の不足点も含めた様々な角度からの考察は、論文を高い完成度へと導いている。以上により、本論文は松野記念修士論文賞に値すると判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース