2016年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 田丸直也
- 受賞論文「ベーリング海における海氷生産量のマッピングと経年変動に関する研究」
- 選考理由
高海氷生産域である沿岸ポリニヤでは、海氷生成の際にはき出される低温・高塩水が中深層水の起源水となる。今まで難しかった海氷生産量の見積もりには衛星リモートセンシングが有効であることが最近の研究より示されてきた。季節海氷域であるベーリング海では、現在は中深層水が形成されていないとされてきたが、フロンの観測からは一時的な深層水形成の可能性が、古海洋学研究から最終氷期に中深層水が形成されていた可能性が指摘されている。田丸さんの修士論文は、ベーリング海の海氷生産量のマッピングを初めて定量性を持って行った研究である。研究ではまず、所属する研究室で開発されたマイクロ波放射計AMSR-Eによる北極海での薄氷厚アルゴリズムをベーリング海に適用できるかを検証し、定着氷マスクの修正、AMSR-Eの後継機であるAMSR2への適用等も行い、より長期の2002-2016年の海氷生産量を見積もった。その結果、ベーリング海のポリニヤは北極海のポリニヤより概して高い海氷生産量を持つが、特に西岸にあるアナディールポリニヤは北半球で3番目に高い海氷生産を持ち、他の高海氷生産ポリニヤに比して海氷生産量の年々変動が格段に大きいことを明らかにした。これらの原因は、この海域が沖向きの卓越風が強く、それがアリューシャン低気圧の配置により大きく年々変動することによる。さらに、ベーリング海の同化モデルの流速情報なども利用して、アナディールポリニヤでの海氷生産がベーリング海峡通過流の冬季の塩分の季節進行・年々変動をよく説明することも明らかにした。最近の研究から、冬季のベーリング海峡から高塩水が北極海へ供給される年にこの海水が北極海を特徴づける塩分躍層を形成する、という説が提案されている。この説に従うと、アナディールポリニヤの海氷生産が北極海の塩分躍層形成を決める重要な要因である、という新仮説をこの論文は提案している。この知見は現在計画されつつあるベーリング海や北極海の観測研究にも重要な視点を与えるものである。多種類の衛星データ、大気客観解析データ、係留データ、同化モデルデータ、など有効なデータはすべて利用し、丹念な解析を行うことで、論文は完成度の高いものとなっているが、それは田丸さんの不断の努力と研究への情熱の賜物である。以上より、得られた結果のインパクトの大きさも含め、本論文は松野記念修士論文賞に値するものであると判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース