2015年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 小林 慈英
- 受賞論文「閉じた矩形海洋における渦の軌跡とその軌道決定メカニズム」
- 選考理由
海洋には、半径、数10~100kmスケールの中規模渦と呼ばれる渦が多く存在す
る。このような渦の挙動を理解することは海洋物理学上の重要課題であるが、そ
の強い非線形性故に、単純な設定の下でもその力学は必ずしも明確なわけではな
い。そのような中、小林氏は、自作の1.5層海洋モデルと理論的考察により閉じ
た矩形海洋中での高気圧性渦の移動を調べた。外洋の渦は、β効果により、若干
南下しつつ西方に移動する。そして、西岸に到達すると西岸に沿って北上し、北
岸を東に向かい、東岸沿いに南下した後、東岸を離れて再度西方に向かう。渦の
初期位置が北岸からそう遠くない時には、渦は初期緯度とほぼ同じ緯度で東岸を
離れ、初期位置近くに戻り、その後もほぼ同じ軌道を周回する。他方、領域の南
部を初期位置とする渦は、初期位置よりも北方で東岸から離岸し、初期位置に戻
ることはなく、北の方で周回軌道を取るようになる。このような挙動の違いはこ
れまでは報告されていなかった。そこで、まず、最も単純な状況での渦の軌道を
考えるために、点渦理論に基づき、鏡像渦による移流とβ効果による西進を含む
数理モデルを作成した。このモデルの解は周回軌道を取り、領域北部を初期位置
とする実験結果を説明する。しかし、南の方を初期位置とするものは説明できな
い。この原因として、渦が大きさを持つことと粘性の効果を考えた。点渦理論に
従えば、点渦は北に行くに従って境界に接近することになるが、有限の大きさ故
に、南から出発した時にはその軌道を取り続けることが出来ず、より内側の軌道
に乗り換えるというモデルを提出した。また、粘性係数を変えた多数の実験も
行った。粘性を小さくすると東岸からの離岸緯度は初期緯度に近づいていくが、
これが渦の変形と関係する可能性も示唆している。有限の大きさ故の点渦軌道の
乗り換えという考えも、物理的には散逸過程を含んでおり、この辺りをどのよう
に統合するかが今後重要となろう。以上のように、現時点では、まだ、その力学
の全てを理解できたとは言えないが、独自の方法で問題にアプローチしたこと、
考慮すべきすべての要素を考察し、何が解明できて何が課題として残ったかを明
確に論じていること、論理展開が明快であることが特に高く評価でき、松野記念
修士論文賞に十分に値すると判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース