2013年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 伊藤 優人
- 受賞論文「沿岸ポリニヤにおける過冷却水およびフラジルアイスの生成に関する観測研究」
- 選考理由
海氷域内での薄氷・疎氷域である沿岸ポリニヤは、大量の海氷生産による高密度水生成に
よって、水塊形成や海洋中の深層循環の起点となっている。最も効率的に海氷が生産され
るのは、断熱材として働く海氷がない開水面が維持される場合、すなわち、過冷却水の生
成と海中でのフラジルアイス生成が卓越する場合である。実際に、ポリニヤ内で過冷却水
の生成や海中でのフラジルアイス生成が生じていることは2-3の観測で示唆されていた。
しかし、ポリニヤでの直接観測自体が簡単ではないことに加え、これらの現象の測定が精
度・手法の点で難しいことから、これらの現象がどういう場合に起こり得るのかも含め、
その詳細な過程はよくわかっていなかった。伊藤君は自らの強い意志で、この問題に取り
組み、北極チャクチ海沿岸ポリニヤを主な対象海域として研究を行った。具体的には、
チャクチ海バロー沖での長期係留観測データを人工衛星データと組み合わせて詳細に解析
し、(ポテンシャル)過冷却はポリニヤ出現に伴って頻繁に起こること、強い冷却と乱流
状況が合わさった場合にはフラジルアイスが水深10m以上にわたって出現すること、など
を明らかにした。高時間分解能(30秒)では、海中のフラジルアイスの検知に初めて成功し
た研究でもある。彼の解析結果から、下層でのポテンシャル過冷却水の出現に関して、表
層で生成されたフラジルアイスが対流によって下層へ運ばれそこで融解潜熱を奪うことで
周りの海水を冷却することによって生ずる、という新たなメカニズムも提案された。さら
に、約10年前に取得されたオホーツク海サハリンポリニヤでの係留観測データを改めて解
析することで、このポリニヤでも、過冷却水生成時に海中深くまでフラジルアイスが出現
していたことを発見した。なお、修士論文の主な結果は、すでに主著論文として国際誌
(Annals of Glaciology)に投稿されており、国際学会においてもすでに2回の発表を行っ
ている。以上、チャレンジングな研究テーマに対して発見的な知見を得た研究内容もさる
ことながら、主体性のある研究姿勢も含め、本論文は松野賞に値すると判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース