2011年度松野記念修士論文賞 |
受賞者 池川 慎一
- 受賞論文「金星雲頂における風速推定の研究」
- 選考理由
地球に最も近い惑星である金星の大気は謎に包まれている.自転周期は100日
程度と非常に遅く,大気の運動が固体金星の運動に応ずる必然性は自明でない
にも関わらず,自転軸まわりに 100 m/s もの風が吹くスーパーローテーショ
ンが観測されている(自転を追い越す向きにその100倍程度の角速度で回転する).
そのメカニズムには諸説あるが観測が乏しく決着が付いていない.例えば,有
力な候補であるギーラッシュ理論においては赤道向きの角運動量輸送が一翼を
担うが,観測による確認には至っていない.本研究は,従来の研究よりも細か
く千km強程度の規模まで信頼でき,運動量輸送の推定に耐える風速の導出を目
的として行われた.このため2006年に金星周回軌道に投入された探査機 Venus
Express の Venus Monitoring Camera という測器の紫外線撮像データを用い
た.画像の濃淡の時間変化より,雲頂付近での雲の動きを見積もって水平風速
を推定する.本研究ではまず,従来の研究でも行われている相互相関法の改良
を行った.相互相関法では時間のあいた画像間で部分画像間の相関をとって雲
を追跡するが,半分程度ずらした複数の部分画像より得られる相関曲面を重ね
合わせることで推定が安定することを示した.さらに,その結果を初期値に用
いる新しい手法を提案した.そこでは部分画像を変形し相関曲面のピークをよ
り鋭くして精度を上げると同時に,周囲の風速推定結果との一貫性より検証を
行う.この部分は実装が初期段階に留まり,検証が課題として残された.しか
し,研究全般を通して随所で著者の工夫が示され,今後完成したあかつきには
金星大気の理解を大きく増進させることが期待される野心的で優れた研究であ
る.以上の理由より,本論文は松野賞にふさわしいと判断された.
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース