2009年度松野記念修士論文賞 |
受賞者「中山 佳洋」
- 受賞論文「ケープダンレー沖における南極底層水の形成と流動に関する数値的研究」
- 選考理由
受賞論文の研究対象である「南極底層水」は、一番重い水として南極大陸周辺か
ら潜り込んで世界の深底層に拡がり、深層(熱塩)循環を駆動している。しか
し、観測の困難さもあって、南極底層水の形成過程はよくわかっていない部分も
多い。彼がターゲットにしたケープダンレー沖は、最新の日本の研究によって、
新たに(第4の)底層水生成域として見出された海域である。彼は新しく開発さ
れた高速非静力学モデル(Matsumura & Hasumi, 2008)によって、この海域での南
極底層水形成を再現し、その形成過程や流動過程をモデルから明らかにした。現
実的な設定で高海氷生成により南極底層水が形成されるまでの過程を初めてモデ
ルで再現した研究である。彼のシミュレーションにより、観測ではごく断片的に
しか捉えられない、南極底層水形成の全容を推定することが可能となった。彼の
モデル研究から、(1)陸棚上の窪地の存在が効果的に高密度の水を作ること、(2)傾圧
不安定により作られた下層に高密度水を伴う低気圧性渦は、斜面に流出すること
でより順圧的な渦となること、(3)この渦が谷に沿って沈み込みながら地形性ロス
ビー波的に伝播し、周期的な底層水の流出が起こること、などが示された。特に
周期的な底層水の流出に関わる部分は、観測をよく再現するものであり、また他
の海域でも見られる「南極底層水の周期的流出現象」に対して初めて力学機構を
提示した研究にもなっている。2011年2月日本南極観測隊によって行われたケー
プダンレー沖での係留系アレイ観測の設置点は彼のモデル結果を参考にして決め
られた。モデル研究が観測にもフィードバックされたよい例といえる。彼のモデ
ル研究は、力学的メカニズムを深く追求している点が、論文の質を高めている。
これは大学院入学以来、地球流体力学を深く掘り下げて勉強してきたことによる
もので、修士論文研究の前に行った「海氷と沿岸海洋の力学的相互作用の研究
(Journal of Physical Oceanographyに投稿され、現在改訂中)」も修士論文に活
かされている。以上、チャレンジングな研究テーマに対して非常に重要な知見を
得た研究内容もさることながら、主体性のある研究姿勢も含め、本論文は松野賞
に値すると判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース