2006年度松野記念修士論文賞 |
受賞者「山本 彬友」
- 受賞論文「メタンハイドレート崩壊に伴う大気へのメタン放出割合に対する考察」
- 選考理由
約5500万年前の暁新世末最高温期(LPTM)などの地質学的イベントは、δ13Cのなどの
地質学的証拠から、海底の大量のメタンハイドレートが何らかの原因で崩壊し、結果
として大気もしくは海洋に放出されたために、急激な気温上昇が起こったと考えられ
ている。LPTMは、現在の人間活動に伴う二酸化炭素増加(いわゆる地球温暖化)や海洋
酸性化と同じような時間スケールで起こったと考えられることから、最近、古気候学
的意義に止まらず、広く注目されている地質学的現象である。もし、メタンが大気中
に放出された場合は、二酸化炭素に酸化されるまで強い温室効果をもたらし、二酸化
炭素となった後も、海洋に多くが吸収されるまで高温が続く。一方、海洋中に放出さ
れた場合には、海水中で二酸化炭素に酸化され、海水中に留まり、やがて大気に一部
が放出されてから弱い温室効果をもたらす。ともに、地圏を含めた炭素循環によって、
ほぼ元の大気中二酸化炭素濃度へ最終的に戻る。しかしながら、海底から出たメタン
がどのくらい海水に溶け、大気に残るかの定量的議論はまだされていない。
現在でも、海底から放出されたメタンが海水中に溶けている現象が見つかっており、
観測から求められた上昇速度との関係や溶解速度、メタンハイドレートの膜の形成な
どと気泡の大きさとの経験的関係式を用いて、メタン気泡がどの深さで溶けるかどう
かのモデルによる再現実験が最近行われている。本修士論文はさらに海水中のメタン
濃度の予報を加えた鉛直一次元モデルを作成し、LPTMの原因として有力と考えられる
ノルウェー沖のメタンハイドレート崩壊の状況を簡略化し、このモデルを用いて、メ
タンの大気に放出される割合を求めることに成功した。それらの結果を用いて簡単な
温暖化の計算を行うことにより、数10年間で崩壊した場合には、数10パーセントのメ
タンが放出されて100年間程度の強い温暖化をもたらすが、数100年間の場合には、
1000年間程度の緩やかな温暖化となることなどを示した。まだ粗削りだが、地質学的
証拠を直接的に説明出来る可能性を持ったモデルを構築し、数10秒から数1000年、数
ミリの気泡から全球規模の温暖化、という時空間的に非常に幅広い事象を扱った夢の
あるモデリングは、高く評価される。したがって、本修士論文は松野記念修士論文賞
に値するものであると判断された。
北海道大学 大学院環境科学院 地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース