2004年度松野記念修士論文賞 |
授賞者「古関 俊也」
- 受賞論文「山岳強制下における中緯度大気海洋結合系の気候形成」
- 選考理由
北半球中緯度の気候平均場は、大陸東端での傾圧性を伴うジェット気流およびその
下流に形成されるストームトラック、ジェットの緯度付近に極大をもつ海面の西風が
駆動する亜熱帯・亜寒帯風成循環およびそれらの境界に形成される海面水温フロント
といった特徴をもつ。これら大気海洋系の各々を説明する理論は既に古典となって
久しいが、それらは押しなべて中緯度大気海洋結合の効果を考慮していない。
古関君はこうした背景を踏まえ、中緯度の気候形成における大気海洋相互作用の
役割について、比較的簡単な大気海洋結合系に基づいて理解を試みた。
彼が用いたのは、大気・海洋の各々が2層全球プリミティブモデルおよび太平洋域を
カバーする2.5層浅水モデルで表現される結合モデルである。彼自身モデルのスキーム
や実験設定に工夫を凝らした。大気大循環の一定部分は放射加熱や山岳、海陸分布と
いった外部要因が強制していることを考え、彼は山岳高度を外部パラメータとして
多数の感度実験を行い、さらに結合系における気候値を対応する大気モデルのみが
作る気候値と比較した。その結果、結合系では山岳パラメータの変化に対して応答の
感度が高いことを見出した。古関君はさらにモデルの膨大な計算結果を解析し、山岳が
強制する定在波に伴う下層風が亜熱帯循環をスピンアップし、西岸域での海洋熱輸送
を強化することを示し、さらにこの海洋の変化が蒸発・降水を強め、それに伴う非断熱
加熱が山岳による定在波の一部を強化するという正のフィードバックで結合系の高感度
を説明した。似たような考えは推論的に提唱されてはいたが、個々の過程をきちんと
追ってフィードバックを同定した例は今までにほとんどなく、非常に意味のある成果
だと考えられる。
彼の得た結果が現実をどの程度説明するかは今後さらに検証を進める必要があるが、
一連の数値実験に加えそれらを詳細に解析することで、外部強制に対する結合
フィードバックの効果やストームトラックの興味深い応答などが明快に示されている。
また、論文で展開している論旨も分かりやすく、丁寧な考察も行われていることも高く
評価された。
受賞者「野村 大樹」
- 受賞論文「The effect of sea-ice growth on CO2 exchange between the sea
and the overlying air on the basis of experiment in the low-temperature room
(海氷生成が大気−海洋間の二酸化炭素交換に及ぼす影響―低温室での海氷生成実験
より−)」
- 選考理由
高緯度海域に分布する海氷は、アルベドの増加、大気・海洋間の断熱材としての
作用などがあり、気候に果たしている役割は良く認識されている。一方、物質循環
の観点からは、海氷は単なる大気・海洋間物質交換の障壁として認識されてきたに
過ぎない。例えば、海氷が存在することにより、地球温暖化物質であるCO2の大気・
海洋間の交換は生じないとして取り扱われてきた。
野村君は、低温実験室で海氷生成に伴う気相へのCO2放出について、実験装置・手法
の開発に取り組み、数十時間にわたって気相中のCO2濃度が計測可能な海氷生成実験
を行なうことに成功した。その結果、海氷生成に伴い気相へのCO2放出が確かに生じ
ること、そのフラックスは氷厚と共に増加することを見出した。また、気相温度と
CO2フラックスの関係、海氷内のブライン塩分とCO2放出積算量との関係などを明らかにし、その放出メカニズムと炭素の動態について、採取した海氷や海水試料の分析
データから検討を加えた。これらの結果は、実際の季節海氷域への適用や、海氷融解
時のCO2の挙動など不明な点が残ってはいるものの、研究で得た結果は未だ論文など
で報告されていない科学的事実であり、本論文は松野記念修士論文賞を受賞するに値
すると判断された。
北海道大学 大学院地球環境科学研究科 大気海洋圏環境科学専攻