2003年度松野記念修士論文賞 |
授賞者「高辻 慎也 」
- 受賞論文「オホーツク海南部における氷盤分布の特徴」
- 選考理由
海氷域の氷盤分布は密接度や氷厚の分布と並んで海氷の重要な基礎
パラメータであり、特に融解過程を考える上で氷盤分布に関する知見
の重要性は以前から広く認識されていた。しかしながら研究例は少なく、
未だに理解は甚だ不十分な状況にあった。
また、これまでの少ない研究例においてもデータの分解能の制限から、
数100m以上の大きさを持つ氷盤の特徴の知見が中心であった。
このように氷盤分布に関する研究が遅れていることの最大の要因は、
観測の困難さに加えて解析の煩雑さにもあったと思われる。本論文は、
本人が自らオホーツク海の海氷観測に参加して得られた衛星・航空機・
船舶のデータを用いて、この問題に果敢に取り組み、冬季結氷期の
オホーツク海南部という限られた期間・海域ながら1m〜数kmという幅の
広い大きさの氷盤分布の特徴を明らかにしたものである。解析の結果、
氷盤分布は基本的には自己相似性が認められ、大きさ数10mを境に
氷盤分布が異なる特徴を持つこと、氷盤の形状にも自己相似性が
見られることなどが明らかになった。比較的限られた海域ではあるが、
これらの特徴は衛星・航空機・船舶の同期観測の機会を生かして丹念な
氷盤解析作業を遂行することによって初めて明らかになった知見であり、
今後、氷盤形成過程の理解や数値海氷モデルへのパラメタリゼーション
などに広く貢献されることが期待される。発表や論文の内容も論理が
明解であり、科学的に新しい知見が分かりやすく提示されていた。
加えて、高辻君は修論本題の氷盤解析の他にも、オホーツク海観測で
得られた海氷サンプルの解析作業にも積極的に取り組んで海氷解析の
素養もある程度習得した。修士論文の内容もさることながら、
このような積極的な研究姿勢も高く評価される。
以上の点から、本論文は2003年度の松野賞に相応しいと判断された。
受賞者「家田 曜世」
- 受賞論文「森林が放出する揮発性有機化合物とその酸化生成
物に関する研究 −苫小牧フラックスタワーにおける観測の結果−」
- 選考理由
近年、水溶性有機エアロゾルは太陽放射と気候変動に深く関わる大気成分
として、その起源・組成・物理化学的特性は大気科学における重要な問題
として注目されている。
特に森林が放出する揮発性有機物の年間放出量は、人為起源のそれに比
べて地球全体で1桁大きいことから、有機エアロゾルの前駆体としてその重要性
が指摘されている。本論文では、苫小牧フラックスサイトにおいてカラマツ林か
ら放出されるイソプレン、α-ピネンなどの揮発性炭化水素を樹冠の直上で採取し
(41mタワーの22m, 38m高度、樹冠高度18-20m)、
GC-MSにてその濃度を測定した。
同時にその酸化生成物であるグリオギザール、グリコールアルデヒド、ヒドロキ
シアセトンなどについても同様に測定した。その結果、イソプレンのフラックス
は日射とともに増大し昼間に最大となることを明らかにした。更に、グリオギザー
ルなどイソプレン酸化生成物は昼に最大濃度をもつ日変化を示し、その傾向はよ
り高い高度で顕著であった。これらの酸化生成物の多くは昼にガス相で存在した
が、湿度が増大する夜間から早朝にかけては粒子相の濃度が増加することが明ら
かとなった。これらの結果から、イソプレンは光化学反応によって酸化される、
酸化生成物は既存のエアロゾルに吸着され粒子の吸湿特性を増大させるものと考
察された。本論文では、数値モデルを用いてフラックス計算を行い、今回得られ
た結果の妥当性も評価している。家田さんの修士論文は、有機エアロゾルの生成・
成長に関する新しい知見を提供したものと判断される。よって、家田曜世さ
んに2003年度松野記念修士論文賞を授与する。
北海道大学 大学院地球環境科学研究科 大気海洋圏環境科学専攻