2001年度松野記念修士論文賞 |
授賞者「時長 宏樹」
- 受賞論文「インド洋ダイポール現象と熱帯太平洋海洋変動との季節的な関係」
- 選考理由
インド洋ダイポールモード(IOD)は太平洋ENSOとは独立のインド洋版大気
海洋結合モードとして1999年に提示された.提唱者による研究グループはす
べての季節を含めた統計解析により、IODの独立性を主張した。
一方、インド洋海域はアジア及びオーストラリアモンスーンが強く卓越して
おり、基本場が季節の進行に伴い大きく変化する。そのため、変動場において
も季節別にIODとENSOの振る舞いを取り扱う必要がある。時長君はこの季節性
に着目し、大気海洋の客観解析データ等から丹念に解析を試みた。まず、IOD、
ENSOを代表するインデックスの相関係数は季節別に大きく異なり、秋季(季節
は北半球のもの)には有意水準を超えることを示した。主要なIODイベントの
多くはENSOのwarm phaseと同じ年に発生しており、太平洋側の偏差は初夏に
形成され冬季までにかけて成熟するのに対し、インド洋では夏季から秋季のより
短期間にのみ卓越していることを示した。さらに、IODの急速な発達や消滅が
季節に固定されていることは太平洋側の強制に対するインド洋側の応答が基本場
の違いに依存していることを示唆した。以上のことは、IODが独立モードであると
するこれまでの研究成果とは異なる見解を提示している。以上のように時長君
の修士論文は、いくつもの気候変数の変動特性を季節別に解析した結果を土台に
して、インド洋と太平洋にまたがる大気海洋変動場に対する解析結果を単なる統
計量の議論で終わらせることなく、因果関係の議論にまで発展させている点で優
れている.研究内容そのものは国際的な研究集会や学術雑誌において充分通用す
るものであり、この点も高く評価される。
受賞者「重光 雅仁」
- 受賞論文「北西部北太平洋堆積物における陸起源成分および生物起源成分の
氷期‐間氷期間変動」
- 選考理由
氷床及び海底堆積物試料には、過去から現在に至る気候の変化が克明に刻み込
まれている。中でも氷床コアから得られた氷期大気の二酸化炭素濃度は、産業革
命以前の280ppmに比べておよそ80ppmも低かったことを示していた。この氷期
二酸化炭素の行方として現在最も有力視されているのは海洋であり、過去におい
て、大気中の二酸化炭素をどのようにして海洋が吸収したか、そして、それに
よって生物生産がどのように推移したかを明らかにすることは、大きな課題である。
重光君は海底堆積物に刻まれた記録を解析することで、過去の海洋の生物生産
の変化を明らかにし、地球の気候変化との関連を解析することを試みた。その結
果、北部北太平洋での過去12.5万年の生物起源オパールや過剰のバリウム(平均
の地殻組成に比べて過剰な部分:生物活動の指標になる)の分布は、温暖期に高
く・寒冷期に低い傾向を示した。このことより、生物活動が現在や過去の温暖期
に比べ、寒冷期に不活発であったことを明らかにした。一方、大気経由で海洋に
供給される黄砂などのダスト量は、生産の変化とは逆に、寒冷期に多く、温暖期
に少ない傾向にあった。このことから、北部北太平洋の生物生産は、直接的には
ダストの影響は受けておらず、栄養塩濃度によって制限されていること、また、
退氷期に円石藻からケイ藻への種の変化があったことを示した。また、6000年前
以降に見られる生物起源オパールの生産の減少には、鉄による制限が働いている
可能性も示した。
得られた結果に対する本論文の議論には、同君の大いなる努力と才能が認めら
れる。成果は地球環境、特に古海洋の分野に新たな知見を加えたばかりでなく、
現海洋の研究に対しても新たな展開を与えると考えられ、松野賞に値すると判断
された。
北海道大学 大学院地球環境科学研究科 大気海洋圏環境科学専攻