ここまで、見るの? 物好きですね。

晴れたらいいね

 明日の天気は誰でも気になる。天気を予報するのは人類の夢であった。その ためには回転する地球の大気の流体力学方程式系を初期値問題として解けばい い。そう考えて、世界で最初に力学的天気予報を試みたのは英国のリチャード ソンである。第一次世界大戦に看護兵として従軍中、ヨーロッパの6時間予報 を手計算で2週間かけて行ったという。しかし、試みは大失敗だった。6時間後 の気圧が145hPaも変化するという非現実的な結果だった。方針そのものは正し かったのであるが、初期値や数値計算上の問題で高低気圧に対応する運動をう まく抽出できなかったのである。しかし、リチャードソンはこの結果を1922年、 本として出版し、将来、円形劇場に64,000人を集めて各人が地球上の特定領域 を担当し周りの人とデータを交換しながら計算すれば、天気予報も夢ではない とした。これ以来、数値天気予報はリチャードソンの夢とよばれた。

 第二次世界大戦後、リチャードソンの夢は気象力学の進歩とコンピュータの 誕生で実現する。フォン・ノイマンらは初めて24時間予報に成功した。コンピュー タは逐次式計算機、つまり1CPUであり、リチャードソンの考えた方法とは少 し異なる。その後、コンピュータの進歩に伴い、現在では各国の気象機関で数 値天気予報が日常業務として行われている。数値予報モデルは大気だけでなく 海洋も含む気候モデルへと進化している。二酸化炭素ガスがこのまま増大しつ づけると将来どうなるかといったシミュレーションは気候モデルを用いて行わ れる。今は、天気予報から気候予報の時代となった。地球科学の分野では、現 実に実験を行うことは難しい場合が多いので、数値シミュレーションは重要な 方法である。

 最近の気候モデルは水平分解能が細かくなり、考慮するプロセスも増え、現 実の地球に近づいている。そのため、ますます高速のコンピュータが求められ ている。また気候システムはカオスであるため1つの積分で結論を導くのは危 険な場合が多い。そのため初期値を少し変えた多数例のアンサンブルまたは長 期の積分を行う必要がある。因みに大気の予測可能性時間は2週間程度といわ れている。したがって2週間以上先の天気を明日の予報のような精度で予報す ることは、いかにコンピュータや科学が進歩しても不可能である。1ヶ月や半 年先の長期予報はアンサンブル予報となり、予報は確率的にならざるを得ない。 アンサンブル予報のためにはさらに高速のコンピュータが必要である。話は横 道にそれるが、カオス理論の創始者ロレンツは気象学者である。20数年前、 筆者が気象庁に就職してロレンツの論文を読んだときは新鮮な驚きを覚えた。 なにしろ古典力学の世界なのに予測が不可能という話である。当時の予報官や 気象学者の多くは信じられなかったようである。数値モデルを改良して予報精 度を向上させようと努力している時代であったからであろう。その時代の超先 駆的研究は、すぐには受け入れられずとも、いずれ花開くのであろう。リチャー ドソンの研究も超先駆的研究であった。

 日本では、2001年度に10kmメッシュの気候モデルを走らせるべく、稼動時点 で世界一高速なコンピュータとなる”地球シミュレータ”を開発中である。地 球シミュレータは、大規模分散主記憶並列コンピュータである。本体の大きさ は体育館ほどになるという。円形劇場よりは小さいが、リチャードソンが夢に 描いた計算方式である。100年近くたって夢が現実となる。Dreams Come True.