研究紹介

「熱帯の季節内振動に伴う東アジア域の降水変動とその要因の定量的評価」



1. はじめに

  熱帯では、東西スケールが数千kmにもなる積乱雲群(対流活動が活発な領域)が赤道上を東進しながら30-60日かけて地球を一周する現象があります(図1)。この現象は発見者の名 前にちなんでマッデン・ジュリアン振動 (Madden-Julian Oscillation : MJO) と呼ばれています。積乱雲とは、暖かく湿った空気が強い上昇気流で押し上げられ、発生した雲が鉛直方向に発達し、ときには雲頂が成層圏下部に達することがある巨大な雲のことを言います。雲頂が成層圏下部に達するとそれ以上上空には成長せず水平方向に広がっていきます(図2)。雲の下では短時間で大量の雨を降らせ、突風、雲内外で雷が発生するのが積乱雲の特徴となっ<ています。
   MJOに伴う積乱雲群は局所的に強い降水を伴い、熱帯における豪雨災害の原因にもなっています。MJOに伴う対流活動が活発な領域では熱帯低気圧の発生が促進されたり(※1,2)、MJOがモンスーンやエルニーニョの開始に関係していると言われています(※3,4)。また、偏西風やジェット気流に異常をもたらし、日本に異常気象をもたらす間接的な要因の1つであるとも言われています(※5)。
    MJOは熱帯の現象ですが、熱帯以外の中緯度や高緯度にも影響を与えています。東アジア域の降水変動とMJOとの関係はまだあまり研究がされておらず、本研究ではこのMJOの変動と東アジア域の降水の変化との関連を調べ、降水が変動する要因を明らかにすることを目的に研究を行いました。

図1. MJOのライフサイクル。上から下に時間が流れている。(Madden and Julian. 1972 より)      図2. 成層圏下部まで発達した 巨大な積乱雲(NASAより)


2. MJOに伴う東アジア域の降水変動

 北半球冬季(11-3月)における東アジア域の降水の変動量は、MJOに伴う積乱雲群がインド洋上にあるときに増加し、積乱雲群が東進して太平洋の西寄りにあるときに少します(図3)。気候値に対する変動量の割合は、積乱雲群がインド洋上から太平洋の東よ寄りにあるときで約5割、太平洋の西寄りから西半球にあるときで約3割となっています。これより、MJOの進行に伴って東アジア域の冬季の降水は変動するということが明らかになりました。また、北半球夏季(7-9月)の場合(図4)も冬季同様、MJOの進行に伴って東アジア域の降水は変動しており、気候値に対する変動量の割合は、積乱雲群がどの位置にあっても2〜4割程度となっていることが明らかになりました。

図3. 北半球冬季におけるMJOに伴う日降水量変動[mm/day]。赤が増加、青が減少を表す。4つの図はMJOに伴う積乱雲群がそれぞれインド洋(左上)、太平洋の東寄り(右上)、太平洋の西寄り(左下)、西半球(右下)にある場合を示している。 図4. 北半球夏季におけるMJOに伴う日降水量変動[mm/day]。赤が増加、青が減少を表す。4つの図は図3と同じ。


2. 降水変動の要因

 このMJOに伴う降水変動の主な要因として、対流圏下層での水蒸気の水平収束(水蒸気が周囲から集まってくることによって雨が降る効果)と、対流圏上層での鉛直流変動(上昇気流が生じることで水蒸気が凝結し雨が降る効果)の2つが考えられます。
 冬季と夏季のMJOに伴う降水変動においてこの2つの要因のどちらが支配的であるかを調べた結果、冬季に関しては両要因が重要である(特に中国南部付近では鉛直流変動、日本の東側では水蒸気の水平収束が支配的)ということが明らかになりました(図5)。また、夏季に関しては鉛直流変動(図6)が主要な要因となっていました。

図5. 北半球冬季における鉛直流変動に伴う日降水量変動[mm/day]。赤が増加、青が減少を表す。4つの図は図3と同じ。空間パターンは図3と概ね一致する。 図6. 北半球夏季における鉛直流変動に伴う日降水量変動[mm/day]。赤が増加、青が減少を表す。4つの図は図3と同じ。空間パターンは図4と概ね一致する。


2. 鉛直流変動の要因

 また、降水変動に大きく寄与している鉛直流変動の要因も調べました。鉛直流変動の主な要因としては、熱帯で生じた鉛直流が対流圏上部で波として周囲に広がっていき、その波に伴って上昇流・下降流ができる効果(力学的強制)と、鉛直流変動によって降水が生じた結果、その降水によって潜熱が放出され周囲の大気を温めることでさらに上昇気流が生じる効果(加熱強制)の2つがあげられます。また、この波に伴って対流圏下部では赤道から高緯度にかけて1つの大きな低気圧性または高気圧性の循環が生じ、それに伴って水蒸気が低(高)緯度から高(低)緯度へと運ばれていきます(3で説明した水蒸気の水平収束の効果)。高気圧性循環が出来た場合、熱帯から水蒸気が運ばれてくるため相対的に水蒸気量が増え、降水量が増加することになります。冬季に関してはこの効果は大きく、夏季に関しては小さくなっていました。 
 冬季と夏季のMJOに伴う鉛直流変動がこの2つの要因(力学的強制と加熱強制)のどちらが支配的であるかを調べた結果、冬季に関しては北緯20度以北では主に力学的強制の寄与が大きく(日本の東側では加熱強制の寄与が大きい)、夏季に関しては北緯30度以北では主に力学的強制の寄与が大きいということが明らかになりました。また、熱帯では冬季と夏季共に加熱強制の寄与が大きくなっていました。

図7. 熱帯に熱源を置いた場合に、熱帯から極に向かって低気圧・高気圧の循環場が伝わってくる様子を表す(Hoskins and Karoly. 1981)。円の外側が赤道で、中心が極となっている。


研究者:本内 奈津子


(※1)  Nakazawa. 1986 : JMSJ., 64, 17-34. 
(※2)  Liebmann et al. 1994 : JMSJ., 72, 401-412. 
(※3)  Yasunari, T., 1979 : J. Metor. Soc. Japan., 57-3, 227-242. 
(※4)  Takayabu, Y.N et al.,  1999 : Nature., 402, 279-282. 
(※5)  気象庁、異常気象レポート2005