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第 128 回 大気海洋圏物理系セミナー のおしらせ

日 時: 11月 20日(木) 午前 9:30
場 所:低温科学研究所 新棟 3階 講堂

発表者:菊地 一佳 (東京大学気候システム研究センター COE研究員)
題 目:Madden-Julian振動の伝播特性に関するデータ解析研究

発表者:山中 康裕 (気候モデリング講座 助教授)
題 目:温暖化に伴う海洋生態系およびサンマの変化

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Madden-Julian振動の伝播特性に関するデータ解析研究 (菊地 一佳) 発表要旨 :

  
 2年前まで委託学生として御世話になっていた菊地です。先頃ようやく博士の 
 学位が取得できましたので、今回は博士論文の内容をお話します。  
  
   MJO(Madden-Julian Oscillation)は熱帯の大気、対流活動に見られる変動の 
 中で最も顕著なものの一つである。東西波数1-3という大きな水平規模を持っ 
 た対流組織と循環の東進、30-90日という周期性によってこの現象は特徴づけ 
 られる。Madden and Julian (1971,72)がこの現象を発見してからこれまでに 
 非常に多くの研究の蓄積があるにもかかわらず、MJOの本質的な特徴である周 
 期性、惑星規模の選択律、東進速度などについては未だにうまく説明されてい 
 ない。本研究ではその中でも周期性、東進速度などについての知見を得るため 
 に研究を行った。 
  
 1. 北半球冬季のMJOに伴い赤道域を一周する水蒸気シグナル  
      MJOの周期性についての理解を深めるために、衛星から得られる高精度の水 
    蒸気データ及びECMWF客観際解析データを用いて研究を行った。研究の目的は 
    一つの仮説「MJOは赤道域を周回する大気擾乱によって維持されているのか」 
    を検証することである。 
      SSTの東西非一様性などの理由によりMJOの伝播特性は東半球と西半球で 
    は全く異なることが知られている。SSTの比較的高い東半球では対流活動と 
    大気擾乱が相互作用しながら約6m/sの位相速度で東進するのに対し、SSTが 
    比較的低い西半球では対流活動をほとんど伴わず大気擾乱のみが約20m/sで 
    東進する。西半球を横断するこの擾乱が次のMJOの励起源となっているかど 
    うかを検証するのが本研究の目的である。 
      注意深くコンポジット解析を行った結果、衛星から得られた可降水量正 
    偏差は大気擾乱と同期して赤道域を一周することが分かった。この可降水量 
    正偏差が西半球を横断し、東半球に達すると、東部インド洋で振幅を強めた。 
    東部インド洋ではこの可降水量蓄積開始から数日後に次のMJOイベントの対 
    流活動が開始することから、MJOは赤道域を周回する大気擾乱によって維持 
    されていると考えられた。  以上の結果は、MJOは赤道域を周回する大気擾 
    乱によって維持されており、MJOの周期は大気擾乱が赤道域を一周するのに 
    要する時間によって決定されている可能性があることを示唆している。      
  
 2. TOGA COARE期間中のMJOに伴う対流システムの発達過程に見られる3段階構造 
      暖水域でのMJOの東進速度に関する知見を得るために、TOGA COARE期間中の 
    ゾンデデータ及びGMS赤外等価黒体温度ヒストグラムデータを用いて、MJO 
    に伴う対流発達の様子を調べた。MJOに伴う対流活動は大規模な境界層収束 
    の下で段階的に発達することが分かった。つまり対流活動は1)抑制期(ほとん 
    ど対流活動が見られない)、2)層積雲発達期(積雲によって形成される浅い対 
    流発達ステージ)、3)発達期(多くの雲が融解層高度まで発達する)を経て大 
    規模に組織化する成熟期(4)を迎えることが分かった。以上の結果は暖水域 
    でのMJOの東進速度を理解するためには、これら素過程を詳しく理解する必 
    要があること示唆している。 
  
 3. 北半球夏季と冬季で異なるMJOの伝播特性 
      MJOの伝播特性は季節によって異なる事が指摘されている(Wang and Rui, 
    1990)。北半球冬季には、上述したような東進伝播が顕著であるのに対し、 
    北半球夏季には東進伝播に加えインド洋及び西部太平洋で北・北西進する 
    対流活動が見られる。MJOに伴う対流活動の北・北西進はインドモンスーン 
    のオンセットとの関係性などが指摘されており、その機構を理解すること 
    はアジアモンスーンを理解する上で必要不可欠である。このような季節に 
    よるMJO伝播特性の違いを調べるために北半球冬季と夏季のMJOの伝播特性 
    の比較を行った。その結果、北半球夏季にはモンスーン循環によって基本 
    場がねじれていることで、加熱に対する大気の応答特性が変わり、対流活 
    動の北・北西進が起こりやすくなることが示唆された。 
  

温暖化に伴う海洋生態系およびサンマの変化 (山中 康裕) 発表要旨 :

  
  地球温暖化に伴って海洋生態系が変動し、それに引き起こされる炭酸系を含む 
 海洋物質循環の変動を通じた気候変動へのフィードバック、また、水産資源への 
 影響に関して、IGBPなどの中で数多くの国際研究計画が行われたり立案されたり 
 している。その中の柱の一つである海洋物質循環モデルの開発は、1990年代の炭 
 素循環に注目したもの(物理-化学)モデルから、2000年代の海洋生態系に注目した 
 もの(物理-化学-生物)に移ってきており、私もその時流に乗っていると思う。そ 
 れらを用いて、地球温暖化に関する変動や影響を、いかに上手にサイエンスとし 
 て示せるかどうかが腕の見せ所であるが、なかなか難しいのも現実である。 
  
  東大気候センターで行った温暖化実験の結果を境界条件にして、橋岡豪人君に 
 彼の開発したモデルCOCONUTSを用いて、温暖化実験を行ってもらった結果につい 
 て、今回報告する。実験の設定が少々いい加減なので、予備的実験の位置づけと 
 なる。現在の水温や風応力の気候値に、温暖化実験で得られた2090年代と1990年 
 代の差を足した境界条件を用い、数十年走らせた結果を示す。ちなみに、時系列 
 全体を用いたのではなく、突然昇温を引き起こしたので、温暖化の影響を過大評 
 価することになるはずである。 
  温暖化に伴って、亜寒帯や亜熱帯に関してはあまり変化がないが、亜寒帯から 
 亜熱帯に遷移する三陸沖の混合水域が最も変化する。すなわち、この海域では、 
 冬期混合層深度が浅くなり、栄養塩供給が減少し、植物プランクトン濃度が減少 
 する。それに伴い、珪藻の優占率の減少、rain比(=輸出生産中のCaCO3/POC)の増 
 加、e-ratio(=輸出生産/一次生産)の比が減少する。これらは、どうも、昇温に 
 伴う生成分解の温度依存性による速度アップと栄養濃度低下による植物プランク 
 トンのグループ構成の変化によるらしい(まだちゃんと調べていない)。 
  また、COCONUTSで得られた水温や動物プランクトン濃度分布を境界条件にして、 
 PICESで最近開発したサンマモデル(NEMURO.FISH)を計算してみた。その結果、温 
 暖化した場合には、サンマの体長は現在の30cmから20cm程度に小さくなり、その 
 結果を信じるならば、今世紀末には、脂の載ったサンマを我々は食べられなくな 
 る。また、回遊域も三陸東方沖に大きく離れるので、近海漁業ではなく遠洋漁業 
 になる。これは、次のようなフィードバックによる。日本南岸で生まれたサンマ 
 の稚魚にとっての餌が、温暖化によって減少すると、稚魚の成長速度が遅くなり 
 体長の関数として得られている泳ぐスピードが遅くなり、黒潮続流に流され、餌 
 が豊富にある亜寒帯域にたどり着くのが遅れ、大きなサンマにはなりきれないま 
 ま秋を迎え、日本南岸域に帰巣することになる。 
  まだまだ荒削りではあるが、十分に好奇心をかき立てる結果なので、紹介する。 
 数年後にはちゃんとしたサイエンスに育てたいものである。 
  

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連絡先

石渡 正樹 @北海道大学大学院地球環境科学研究科
大気海洋圏環境科学専攻 物理系
mail-to:momoko@ees.hokudai.ac.jp / Tel: 011-706-2359