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第 126 回 大気海洋圏物理系セミナー のおしらせ

日 時: 10月 30日(木) 午前 9:30
場 所:低温科学研究所 新棟 3階 講堂

発表者:吉江 直樹 (気候モデリング講座 研究員)
題 目:生態系モデルで再現された西部北太平洋における鉄散布に伴う生態系の変化

発表者:川島 正行 (極域大気海洋学講座 助手)
題 目:降雪バンド上に発生した水平シア不安定波の構造と運動エネルギー収支解析

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生態系モデルで再現された西部北太平洋における鉄散布に伴う生態系の変化 (吉江 直樹) 発表要旨 :

  
  現在、海洋物質循環の研究分野では「海水中の鉄濃度の変化に伴う生態系・物質 
 循環の応答」というテーマが脚光を浴びている。これまで、南極海、太平洋赤道 
 域、北太平洋亜寒帯域などでは、海水中に肥料物質(硝酸塩、リン酸塩などの栄養 
 塩)が豊富にあるにもかかわらず植物プランクトンの生物量が小さい事が知られて 
 いた。この原因として、これらの海域では海水中の鉄が不足しているために植物プ 
 ランクトンの光合成活性が制限されていることが、1990年代後半以降の大規模な鉄 
 散布実験から立証されはじめた。これらの結果を受けて、地球温暖化対策の一つと 
 して、これらの海域に鉄を散布することにより光合成活性を高め、二酸化炭素を吸 
 収させられるのではないかという期待がもたれている。しかし、鉄散布が引き起こ 
 す生態系の変化やそれに伴う物質循環の変化については、ほとんどわかっていない。 
  本研究では、新たに1D-生態系モデルを開発し、西部北太平洋亜寒帯域での鉄散布 
 実験"SEEDS2001"についての解析を行った。このモデルのユニークな点は、珪藻類 
 (海洋の基礎生産の60%以上を担う、ケイ酸塩の外殻を作る大型な植物プランクトン) 
 について、鉄濃度の変化に敏感に反応して光合成活性が変化する種とそうでない種 
 の2種類(中心目珪藻と羽状目珪藻)に分けて考慮している点である。 
  モデルは、観測された鉄散布後の栄養塩や植物プランクトン濃度、二酸化炭素分 
 圧の時系列を見事に再現することができた。特に、これまでのような珪藻類を1つ 
 のグループとして考慮していたモデルに比べ、珪藻類の大増殖が始まるタイミング 
 をより正確に再現することができた。鉄散布の数日後からこの大増殖が始まる理由 
 として、珪藻類の生理的適応に数日かかるためではなく、珪藻類の優占種の交代に 
 数日かかるためであることを明らかにした。再現された鉄散布の影響は約40日間続 
 き、観測期間中(13日間)にはあまり増加せずその後どうなったかについて注目され 
 ている沈降粒子の深層への輸送量は、その約4倍が観測終了後に輸送されていた。 
 鉄散布により変化した炭素収支は、大気から海洋へ取り込まれた炭素量549 tC、 
 100m以下への沈降粒子の輸送量1238 tCと見積もられた。 
  

降雪バンド上に発生した水平シア不安定波の構造と運動エネルギー収支解析 (川島 正行) 発表要旨 :

  
 冬季、大陸からの寒気吹き出しに伴い日本海上には帯状の降雪雲が発達するが、 
 その雲に沿ってしばしば渦状の擾乱が発生することが古くから知られている. 
 1992年1月18日から19日にかけ、石狩灣上にあった顕著な水平シアを伴う帯状 
 降雪雲上に波長17km程度の波動状擾乱が発生し、その3次元構造の時間発展が2 
 台のドップラーレーダーによる観測により捉えられた. 
 水平シアライン上に発生するメソスケールの気象擾乱としては、寒冷前線に伴う 
 降雨帯の降水コア/ギャップ構造や、積乱雲からの冷気外出流の先端部分で発生 
 するミソサイクロンなどがあり、その発生メカニズムとして水平シア不安定が 
 提唱されている(Emanuel 1980; Moore 1985; Barcilon and Drazin 
 1972,etc.). 日本海上で発生する渦状/波動状擾乱も、小規模なものは同様の 
 メカニズムで生じていると言われている(Asai and Miura 1981; Nagata 1993) 
 が、前述の擾乱も含め、観測からの定量的な議論は未だなされていない.  
 特にこれらの擾乱は顕著な上昇域、下降域を伴うため、非発散の系でのシア不 
 安定と比べ、そのエネルギー変換過程は複雑であると考えられる. 
 本研究ではドップラーレーダー観測で得られた風速場から力学的手法を用 
 いて擾乱内部の気圧場と浮力を推定し,波動擾乱の構造解析と運動エネルギー 
 収支解析を行った. 
  
 擾乱が発生した場の水平シアは下層程大きく、生じる水平風擾乱も下層程その振 
 幅が大きくなっていた. この水平風擾乱により生じる気圧偏差場の振幅も同様で、 
 運動方程式の解析から擾乱に伴う上昇域、下降域の強化は気圧の鉛直傾度力によ 
 り生じていたことが分かった.  
 擾乱の運動エネルギーは初期の30分程度はほぼ一定の成長率で増加し、その後頭 
 打ちになる. 発達期の運動エネルギーの生成は系全体として見れば基本場の 
 水平シアからの変換によるものが主であるが、下層ではその半分以上が気圧傾度力 
 による仕事で打ち消され、逆に上層では水平シアからの変換と気圧傾度力による 
 仕事が同程度運動エネルギーの増加に寄与していることが分かった (これは、 
 下層では水平風成分の運動エネルギーが気圧項により鉛直流成分に変換され、 
 上層では逆のことが起こることに対応する).  
 浮力によるエネルギー生成と平均流による移流の寄与はこれらに比べ小さいが、 
 擾乱が十分発達した30分以降は渦度の大きな場所で暖気下降流が顕著になり、 
 浮力項は運動エネルギーのsinkとなる.   
  

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連絡先

石渡 正樹 @北海道大学大学院地球環境科学研究科
大気海洋圏環境科学専攻 物理系
mail-to:momoko@ees.hokudai.ac.jp / Tel: 011-706-2359