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第 96 回 大気海洋圏物理系セミナー のおしらせ

日 時:2001年 5月 17日(木) 午前 9:30 − 12:00
場 所:地球環境科学研究科 管理棟 2階講堂

発表者:田中 潔 (気候モデリング講座 PD)
題 目:斜面上での傾圧不安定による高密度水の輸送過程

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斜面上での傾圧不安定による高密度水の輸送過程 (田中 潔) 発表要旨 :

  
 (前回の続きを行います。今回は特に以下要旨の後半部分、matureステージに 
 ついての考察と全体を総括する議論を重点的に行います。)  
  
  極海域における海底斜面に沿う高密度水の沈降は、底・深層水を形成する最 
 も重要な過程の一つである。一般に、回転系における斜面上では高密度水は等 
 深線に沿って流れる傾向を示す(斜面上向きのコリオリ力と下向きの圧力傾度 
 力の地衡流バランス)。しかしながら、このような力学的制約条件にも関わら 
 ず、現実海洋においては何らかの力学過程によって高密度水が斜面下方へ輸送 
 され、海洋深層大循環の源となる底・深層水の形成が行われている。本研究で 
 は、そうした高密度水の輸送を可能にする重要な要因の一つである傾圧不安定 
 について、特に海底斜面(傾斜)の効果に焦点を当てて検討を行った。  
  
  海底斜面は傾圧不安定に対して二つの相反する効果を持つ。一つは不安定を 
 弱める効果(安定化)であり、これは一般に良く知られている地形性ベータ効 
 果と水深の増加に起因する(例えば、Orlanski, 1969; Kikuchi et al., 199 
 9)。もう一つは不安定を強める効果であり、これは等密度面の傾きが斜面上 
 で急になり有効位置エネルギーが増大することに起因する。実験の初期 
 (developing stage)においては、後者の不安定化が卓越し、不安定波の発達は 
 傾斜Sの増加に伴って早くなる。これに対して、不安定波が成長して有限振幅 
 になると(mature stage)、前者の安定化が特に下部斜面域において増加する。 
 そのため、傾斜が急なケース(S>0.005)では活発な渦活動は上部斜面域に偏在 
 する一方、傾斜が緩やかなケース(S<0.005)では斜面全域に渡って生じる。結 
 果として、高密度水の輸送効率はS=0.005のケースにおいて最大となる。  
  
  渦による輸送は傾斜Sが急なケースの下部斜面域では安定化によって減少す 
 るものの、しかしながら、このことはそこでの傾圧不安定の重要性を否定する 
 ものではない。傾圧不安定以外に高密度水の輸送を可能にする最も基本的な要 
 因の一つに海底エクマン輸送があるが、本実験においては海底エクマン輸送が 
 薄いエクマン境界層内(厚さ23m)でしか生じないのに対して、渦による輸送 
 はその4 - 8倍の厚さ(100 - 200m)の層内で生じる。そのため、全体(鉛直 
 積分量)としては渦による輸送の方がエクマン輸送に比較してはるかに効果的 
 である。実際、現実海洋においては、高密度水が200 - 300mの厚さで大陸棚斜 
 面を沈降することが示唆されている(例えば、Muench and Gordon, 1995)。ま 
 た、Tanaka and Akitomo (2000)は診断モデルから数値的に得られる海洋循環 
 場(Fujio et al., 1992)を基に南極大陸周極での海底エクマン輸送量を見積 
 もったが、それは観測から指摘されている底層水形成量のせいぜい1/6-1/3程 
 度しか説明できないことを示した。すなわち、現実の海洋においても、傾圧不 
 安定による渦輸送が100m以上の厚さを持つ層内で行われ、それは底層水形成量 
 に関して海底エクマン輸送だけでは説明され得ない不足分を補っていることが 
 強く示唆される。  
  

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連絡先

豊田 威信 @北海道大学大学院地球環境科学研究科
大気海洋圏環境科学専攻 物理系
mail-to:toyota@lowtem.hokudai.ac.jp / Tel: 011-706-7431